スピッツはなぜ古びないか|『ロビンソン』から『美しい鰭』まで、四人が守り続けたもの

淡い光のなかを泳ぐ魚と、遠くに見える三日月をイメージしたやわらかなイラスト アーティスト

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チャートにスピッツの曲が入っている、と聞いても、もう驚かなくなった。1991年のデビューから数えて30年以上。1995年発売のシングル『ロビンソン』が約162万枚、翌1996年発売のシングル『チェリー』が約161万枚の売上を記録しミリオンセラーとなったほか、1995年のアルバム『ハチミツ』もミリオンセラーを達成したという数字は、いま20代のリスナーが生まれるずっと前の出来事だ。それなのに、彼らの曲は古びない。スピッツの凄みは変わらないことではなく、同じ四人で少しずつ変わり続けられることにある。その一点を、この記事では丁寧にほどいていきたい。

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このアーティストの要点

  • スピッツは草野マサムネ(Vo/G)、三輪テツヤ(G)、田村明浩(B)、崎山龍男(Dr)による4人組ロックバンドで、1987年結成、1991年3月にシングル「ヒバリのこころ」とアルバム「スピッツ」で同時デビュー。
  • 1995年の11thシングル「ロビンソン」と6thアルバム「ハチミツ」で大ブレイク、「チェリー」もミリオンを記録し、90年代J-POPを代表する存在となった。
  • 作詞・ほぼ全作曲を草野マサムネが担当し、聴き手の解釈に委ねる作風で知られる。所属はGrass Hopper、レーベルはPolydor(ユニバーサル ミュージック)。
  • 2002年の10thアルバム『三日月ロック』からプロデューサーに亀田誠治が参加し、以降の作品でも中核を担っている。
  • 「空も飛べるはず」「チェリー」「楓」「魔法のコトバ」など、時代をまたいでドラマ・CM・映画に楽曲が使われ、ストリーミング時代の現在も再生が積み上がっている。

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四人の始まり ― 1987年、東京造形大学の重音楽部から

スピッツの歴史は、大学のサークルから始まる。1986年の春に東京造形大学で草野マサムネと田村明浩が出会い、重音楽部に入部した。ここが原点だ。当時の彼らはパンクを志向していて、いまの柔らかな作風からは想像しにくい荒っぽさが出発点にあった、と本人たちも折に触れて語っている。

バンド名の由来もおもしろい。スピッツは、草野が高校時代から温めていた名前で、「短くてかわいい上に、かつパンクっぽい名前である」ことから命名し、犬種の日本スピッツも由来となっており、「弱いくせによく吠える」といったパンクバンドの意味も込められているという。この「弱いくせによく吠える」というセルフイメージは、後年の作風を先取りしている気がする。強がるのではなく、弱さのままで大きな音を鳴らす。彼らの曲の根っこには、たぶん今もこれがある。

草野マサムネは福岡市早良区の出身。ボーカルでありながら、作詞作曲のほとんど全てを一人で抱えているという、日本のバンドとしてはややめずらしい体制だ。三輪テツヤのギター、田村明浩のベース、崎山龍男のドラム。この四人はデビューから一度も脱退・加入がない。バンドの寿命を考えたとき、この「動かなさ」は稀有な事実だと思う。

1987年 スピッツ結成。ライヴ活動を精力的に行い、着実にファンを獲得していく。1991年3月 アルバム「スピッツ」、シングル「ヒバリのこころ」でデビュー。この初期の4年間、都内のライブハウスで叩き上げになった時期があったからこそ、後年のポップさが軟弱に聴こえないのだと思う。土台にはパンクの残響がある。

ブレイクは静かに、しかし決定的に ― 1995年の分水嶺

デビューからしばらくは、いわゆる爆発的ヒットには縁がなかった。1991年のデビューから約4年、彼らは静かに作品を積み上げていた。分水嶺は1995年だ。1995年4月 その後、11枚目のシングル「ロビンソン」が、150万枚の大ヒット。続くシングル「涙がキラリ☆」もオリコンチャート初登場2位となり 連続ビッグ・ヒット。この一年で、スピッツの立ち位置は「知る人ぞ知る」から「国民的」に変わった。

おもしろいのは、ロビンソンが最初から派手に鳴らなかったことだ。じわじわと売れた。初期の初速で駆け抜ける曲ではなく、時間をかけて広がる曲だった。この売れ方は、スピッツというバンドのその後30年をよく予告している気がする。彼らの曲は、いつだって遅効性だ。

翌1996年のチェリー🛒楽天も同じように染み込んでいった。卒業ソング、告白ソング、なんとでも呼べる曲だが、じつはどれにも収まりきらない。歌詞の中に決定的な情景がないぶん、聴き手が自分の記憶を注ぎ込める余白がある。この「余白の設計」こそがスピッツの職人技だ。

そしてアルバムハチミツ🛒楽天。日本のロックアルバムの名盤を語るとき、ここを外す人は少ない。ロビンソンを含みつつ、ロビンソンだけで語ってしまうと取りこぼしが多い、そういう厚みのある一枚だ。

音楽性の核と変遷 ― パンクだった四人がポップに着地するまで

スピッツの音楽性の核は何か。単に「優しいメロディ」と片づけるのは、たぶん半分しか当たっていない。もう半分は、歌詞の突き放し方にある。草野マサムネの詞は、やわらかい音の器に、ときどきギョッとするほど鋭利なイメージを盛る。生と死、性、不在。だがそれを甘い声で歌うので、耳あたりが良い。この落差こそがスピッツの正体だと思っている。

作詞に対する草野の姿勢も独特だ。スピッツの楽曲の全ての作詞と、ほとんどの作曲を担当している。作詞、作曲の際の名義は本名の「草野正宗」を用いる。そして聴き手自身でいろいろな解釈をしてもらいたいからと、自身で楽曲の解説をすることは少ない。作詞に関しては他のメンバーから全面的に信頼されており、外部プロデューサーの笹路正徳も一切口出しをしたことがないという。この「解釈を渡す」姿勢が、時代を超えて曲を延命させている。作者が意味を固定しないから、聴き手のほうで意味が更新され続ける。

サウンド面の転機は明確にひとつある。2002年の三日月ロック🛒楽天だ。スピッツが紡ぐ“夜”の物語。スピッツは三日月がよく似合うバンドだし、タイトルに“ロック”も入っている、名盤亀田誠治とのタッグが始まった初めての作品であり今もそれが続いていることからも、ターニングポイントといえる作品だ。ハチミツ〜インディゴ地平線期の光の当て方から、少し陰影のあるアンサンブルへ。バンドの音像が一段深くなった。

初期作と近作を並べて聴き直すと分かるが、四人の演奏力の伸びしろは、ライブで顕著に出る。CDだけでスピッツを判断してほしくない、というのはファンの共通感覚だと思う。三輪のギターは年々ドライになり、田村のベースは走らずに歌い、崎山のドラムは音数を減らして深くなった。ボーカルは、40代を過ぎたあたりから高音の鳴らし方を変えた。無理に張らないぶん、逆に届く。

聴きどころ3点

  • 甘い声で鋭いことを歌う落差 ― やわらかいメロディの奥に、生と死・不在・性のイメージが忍ばせてある。二度目に聴くと違う顔をする曲が多い。
  • 四人だけで完結するアンサンブル ― 音数は多くない。ギター2本、ベース、ドラム、歌。この最小構成で、ここまで空間を作れるバンドは日本に数えるほどしかいない。
  • 解釈を委ねる詞 ― 草野マサムネが自作解説をほとんどしない結果、曲が聴き手の人生と一緒に年を取っていく。10代で聴いた「楓」と、30代で聴く「楓」は、たぶん別の曲だ。

代表作・ディスコグラフィの読みどころ

まず空も飛べるはず🛒楽天フジテレビ系ドラマ『白線流し』主題歌として1996年に再ブレイクした、キャリアで最も有名な一曲。初出は1994年で、シングルが再評価されるまでに約2年かかっている。この「時間差ブレイク」がスピッツらしい。ドラマの記憶と結びついている人が多いはずだが、映像を離れて聴くと、意外なほど乾いた曲でもある。

ロビンソン🛒楽天は、いま改めて聴くとイントロのギターアルペジオがすごく短い。20秒足らずで歌が入ってきて、あとはメロディがずっと開けている。当時のJ-POPシングルの中では、明らかに音数が少ない部類だ。それでミリオンを超えた。編曲の引き算がどれだけ勇気の要ることだったか、いまなら分かる。

アルバムでいうと、1998年のフェイクファー🛒楽天は個人的にキャリアの折り返し地点として推したい。ハチミツ〜インディゴ地平線の勢いが少し落ち着いて、次の10年に向けて内側を整理したような一枚。派手さはないが、通して聴くとバンドの体幹がよく分かる。

ゼロ年代以降だと『三日月ロック』(2002)、『スーベニア』(2005)、『さざなみCD』(2007)あたりが、亀田誠治との共作体制が定着したあとの充実期。「魔法のコトバ」「正夢」「群青」などのシングル群がここに位置する。派手なブレイクの再来ではなく、地層を厚くする時期だった。

そして2023年のひみつスタジオ🛒楽天。同年の「美しい鰭」を含む、キャリア17枚目のオリジナルアルバム。デビューから32年目でここまで新しい音を出せるバンドがどれだけあるか、少し立ち止まって考えたい。ストリーミングの再生数を見るかぎり、若い世代の入り口が『美しい鰭』になっているケースも増えているはずだ。

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カルチャー的な文脈 ― ミスチル、B’zとは違う場所に立ち続けた

90年代半ばのJ-POPは、Mr.Children、B’z、globe、TRFなど、ミリオンセラーが次々に生まれる時代だった。スピッツもこの列に並ぶ大ヒットを飛ばしたが、明らかに毛色が違った。テレビの音楽番組にほとんど出ず、派手なプロモーションもせず、それでも売れた。この「露出量に比してファンダムの熱量が高い」というバランスは、当時としてはめずらしい成り立ちだった。

後進への影響も広い。バンド名を出せばキリがないが、いわゆる邦ロック以降のバンド群、シンガーソングライター系のアーティストの多くが、どこかでスピッツを通過している。歌詞の「意味を固定しない」書き方は、とくに2000年代以降のJ-POP作詞に、静かに、しかし決定的に影響を与えていると思う。

1997年からは大阪を中心とする関西圏で「ロックロックこんにちは!」という自主企画イベントを続けている。他バンドを呼び、対等に鳴らす。この地道な現場との接続が、彼らが「懐メロ枠」に落ちなかった理由のひとつだと思う。

今チャートでの立ち位置 ― なぜ2020年代にも刺さっているか

結論を先に言うと、スピッツはストリーミング時代に「新しく発見されるバンド」として機能している。TikTokやSpotifyの関連再生から入ってくる若いリスナーがいて、そこから旧譜が掘られる。この動きは、他の90年代バンドと比べても顕著だ。

理由はいくつか考えられる。ひとつは、曲がプロダクションとして古びていないこと。90年代のヒット曲の中には、当時の音作りの流行が強すぎて、今聴くと年代を感じるものが少なくない。スピッツの初期曲は音数が少なく、リバーブの掛け方も控えめで、結果的に「いつの時代の曲か判別しづらい」音になっている。これは意図してかは分からないが、結果として耐用年数が伸びた。

もうひとつは、聴かれ方の柔軟さだ。スピッツの曲は、集中して聴く音楽としても、家事や運転中に流す音楽としても、どちらでも成立する設計になっている気がする。「チェリー」や「空も飛べるはず」は、朝の支度をしながら流していて、ふと歌詞の一行に耳を持っていかれる、そういう距離感で機能している曲だと思う。フィジカルに近い場所で鳴っている曲が多い、と言い換えてもいい。

チャートに彼らの曲が返ってくるたびに、じつは何かの映像作品のタイアップだったり、SNSでの再発見だったりする。派手な仕掛けではなく、生活の側から浮上してくる。この浮上の仕方は、たぶんこのバンド以外にはあまり真似できない。

これから聴くならどこから ― 90年代の入口と、いまの入口

スピッツを初めて聴く人に、いきなり全アルバムを追え、とは言わない。33年の歩みを一気に飲むと、たぶん逆に核が見えなくなる。おすすめの順路をひとつ提案する。

まずこの作品から聴く

  • 空の飛び方 — 空も飛べるはず収録の初期名作
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  • ハチミツ — ロビンソンを含む90年代の到達点
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  • 三日月ロック — 亀田誠治との共作が始まる転機
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  • ひみつスタジオ — 現行スピッツを知る最新の入口
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入門動線

  • まずこの1曲: 「空も飛べるはず」。1994年のシングル、1996年にドラマ主題歌で再ブレイク。バンドの入り口として、いまだにこれを超える一曲はない。
  • 次にこの1枚: 6thアルバム『ハチミツ』(1995)。ロビンソンを含む代表作。90年代スピッツの完成形。
  • 深めるならこの1枚: 10thアルバム『三日月ロック』(2002)。亀田誠治との共作が始まった転機。ここを通ると、以降の彼らが立体的に聴こえてくる。

その先には、2023年の『ひみつスタジオ』が待っている。デビューから30年以上経ったバンドの新譜が、旧譜の入り口としてもちゃんと機能する。この事実だけでも、スピッツというバンドがどれだけ稀有か、少し伝わると思う。数字はこの記事のあちこちに出てきたが、たぶんそれは彼らの本質ではない。同じ四人で少しずつ変わりながら、35年目を迎えようとしているという事実そのものが、いちばん強い一行だ。

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