星野源「ギャグ」を今こそ読み直す 『喜劇』に繋がる10年前の設計図

夕暮れの街を歩く人影と、紙をめくる手のシルエットを重ねた抽象的なコラージュ 楽曲

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星野源の中で「ギャグ」を最重要曲に挙げる人は、たぶん多くない。「恋」でも「アイデア」でも「creepy nuts」との文脈でもなく、2013年の5枚目シングル。映画『聖☆おにいさん』の主題歌として、ブッダ役で声優参加した本人が書き下ろした一曲。表題からしてポップというより、少し変わった佇まいをしている。ただ、あれから10年以上経った今の星野源の位置から振り返ると、この曲の座標がずいぶん違って見えてくる。ここに「後の星野源」の設計図がほぼ全部入っている、と言ったら大げさだろうか。

個人的な話をすると、リリース当時、自分はこの曲を軽く聴き流していた。映画のタイアップ曲という枠でしか受け取っていなかった、と今なら認められる。ちゃんと座り直したのは「恋」のあとで、キャリアを遡って聴き直したときだった。順番として遅い。ただ、遅れて聴いたからこそ見える線がある。

笑いの奥に本気を仕込む。「ギャグ」は星野源が自分の作家性の型を、初めて明文化した曲だ。

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この曲の要点

  • ギャグ🛒楽天は星野源の5作目シングル。2013年5月8日にSPEEDSTAR RECORDSからリリース。
  • アニメ映画『聖☆おにいさん』(2013年5月10日公開)主題歌。星野源本人がブッダ役で声優参加。
  • 作詞・作曲:星野源/編曲:亀田誠治。カップリングは「ダスト」の2曲入り。
  • 3rdアルバムStranger🛒楽天(2013年5月1日)とシングルの2週連続リリースという変則的な出方。
  • 2012年末のくも膜下出血からの復帰第一弾の時期に位置し、直後の6月に再度活動休止が発表される、キャリアの断層に埋め込まれた一曲。

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まず事実:2013年5月8日、変則的な出方をしたシングル

結論から。「ギャグ」は2013年5月8日リリース、通算5作目のシングル。映画『聖☆おにいさん』の主題歌として書き下ろされた曲で、星野源本人がブッダ役で声優としてスクリーンに参加している。前作「知らない」から約5ヶ月ぶり、それまでのシングルに毎回付いていた初回限定盤のDVDが、このシングルからCDのみ1形態に切り替わった。細かい変化だけど、後の「恋」以降の配信中心期を思うと、パッケージのあり方が少しずつ更新されていた時期でもある。

変則的なのは前後の並び方だ。1週間前の5月1日に3rdアルバム『Stranger』が出て、翌週にこのシングル。普通は逆、アルバムに先行してシングルを切る、のところ、映画の公開日(5月10日)に合わせて出さざるを得なかった事情がある。結果として、アルバムに未収録の主題歌が単独で走る、という妙な配置になった。この収録の宙ぶらりんさが、逆にこの曲を後年ずっと「単独で聴かれる曲」にした気がする。プレイリストの中で、他のアルバム曲との文脈から少し外れて、ぽつんと機能する。

編曲は亀田誠治。星野源のシングル群の音の骨格を早い段階から支えてきた人で、ここでのアレンジも、ソウルやポップスの語彙をふつうに使いながら、どこかに軽く歪みを残す仕上げになっている。ストリングスの入り方、リズムの跳ね方、コーラスの重ね方、真ん中を外さないのに、真ん中で終わらない。この匙加減が、後の「SUN」や「恋」の骨格に、そのまま繋がっているように聴こえる。

くも膜下出血と2週連続リリース、この曲が置かれた”断層”

「ギャグ」を今の位置から読むうえで、避けて通れない事実がある。星野源は2012年12月にくも膜下出血で倒れ、手術・入院を経て2013年2月末に活動復帰した。その直後にアルバム『Stranger』とシングル「ギャグ」の2週連続リリースが行われ、そしてその翌月、2013年6月、に、定期検査の結果を受けて再度活動休止が発表される。同年9月、再手術を経て退院。つまり「ギャグ」は、”復帰と、二度目の休止のあいだ”に、ちょうど挟まれている。

当時、リアルタイムで聴いていた人はきっと、この曲を「元気そうでよかった」の枠で受け取った。自分もそうだ。ただ今振り返ると、そんな穏やかな話ではない。5ヶ月とちょっとの間に、生死を挟んで、アルバム1枚とシングル1枚を世に出している。この密度は普通じゃない。曲の明るさは、元気の証明ではなくて、むしろ選び取った”態度”に近い。

ここに「ギャグ」というタイトルが乗る意味は、当時よりも今の方がずっと重い。笑いの形をしていることと、笑っていないこととは違う。原作『聖☆おにいさん』はブッダとイエスが立川で下宿するギャグ漫画で、その主題歌としては、ふざけた勢いで書くこともできたはずだった。そうしなかった。真面目な話を、真面目な顔で言わずに置く。この距離の取り方こそ、後年の星野源の中心線になっていく。

正直、この事実関係を並べたうえで曲を聴き直すと、イントロで少し身構える。2013年のあの春、これを書いていた人がいたんだな、と。

後追いで見える設計図 「ギャグ」から「喜劇」まで一直線に伸びる線

2022年、星野源はTVアニメ『SPY×FAMILY』のエンディング主題歌として「喜劇」を出した。タイトルを並べてみると気付く。ギャグ、喜劇。10年近い距離を挟んで、同じ場所を別の言葉で言い直している。偶然かもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ、聴き比べると、両者が扱っているものは驚くほど近い。日常の中で笑っていられることの、条件のなさと、危うさ。

ここで補助線を一本引く。星野源の代表曲群、「SUN」「恋」「アイデア」「Family Song」、は、ジャンル的にはソウル、ファンク、ダンスポップに寄って見えるけれど、書いているテーマの中心は実はほぼ変わっていない。当たり前に続く日々を、当たり前じゃないと知りながら祝う。この主題の入口が、キャリアの中で最初にはっきりと出た曲が「ギャグ」だったんじゃないか、と思っている。「SUN」で明るさに振り切る前の、少しぎこちない書き方が残っている一曲。

もうひとつ、書き手としての癖もこの曲で見える。星野源は「重い題材を、軽い動詞で書く」人だ。祈り、命、死、みたいな重たい名詞のとなりに、動き出す・捲る・跳び越える、みたいな軽い動詞を置く。これがくどくならずに機能する曲は、実はそんなに多くない。「ギャグ」はそれが初期から成立していた稀有な例で、後の「アイデア」や「不思議」に至る道筋の起点として読める。

音の話。亀田誠治編曲の”跳ねすぎない跳ね”

音楽的な話をひとつだけ丁寧に。「ギャグ」のリズムは、素直に跳ねているようで、実は跳ねすぎていない。イントロから入るリズムセクションを注意して聴くと、ドラムのキックとスネアの間に、ほんの少しだけタメがある。BPMを速めに設定して勢いで走らせる、みたいな作り方ではない。ミッドテンポの中で、ホーンとストリングスが軽く前に出て、ボーカルは中央にきちんと座る。これが亀田誠治の采配なのか、星野源の指示なのかは分からない。ただ、この”跳ねすぎない跳ね”は、後の「SUN」(2015年)、「恋」(2016年)にそのまま引き継がれている。

アウトロにかけてのコーラスワークも、今聴くと気付くことが多い。声を重ねすぎない。分厚くしない。合唱にせず、複数のトラックの声が、それぞれ少しずつずれた場所から寄ってくる、みたいな配置。星野源の後年のアルバム『POP VIRUS』(2018年)や『Gen』(2025年)のコーラス処理の萌芽が、この曲のアウトロにすでに顔を出している気がする。

音圧の作り方も、2013年当時のJ-POPの主流と比べると控えめだ。派手に潰していない。すきまがある。イヤホンで聴くと、この控えめさがむしろ現代的に響く。ストリーミング時代のマスタリングに近い温度感が、10年以上前の曲に、たまたま先取りされている。

『聖☆おにいさん』の主題歌としての適切さ

結論から言うと、これ以上ないほど原作に合っている主題歌だと思う。中村光の原作漫画は、神と仏という重量級の題材を、下宿生活のギャグに落とし込んだ作品で、爆笑よりも、少し可笑しくて少し優しい、みたいなトーンで成立している。派手なテーマ曲を当てると、原作の温度から外れる。かといって静かすぎても、映画のテーマ曲として弱い。星野源の「ギャグ」は、その中間地点にちょうど収まっている。

星野源本人がブッダ役で声優を担当しているという事情も、この曲の位置を独特にした。他人が作ったキャラクターに主題歌を提供する仕事とは、少し違う。自分が声を貸したキャラクターの物語に、書き下ろしで曲を寄せる。当事者性が二重になる。この二重性が、曲の中の”少しふざけて、少し祈る”みたいな距離感に、直結しているように聴こえる。

チャートの外側で、10年以上聴かれ続けている理由

「ギャグ」は星野源の代表曲リストで最初に挙がる曲ではない。オリコンの週間ランキングでも、後の「SUN」や「恋」のような突き抜けた数字は残していない。ただ、サブスクのプレイリストで、この曲が定期的に浮上してくる感覚がある。星野源の入門プレイリストにも、ディープ回にも、両方に入る。この”どっちの棚にも置ける”性格が、たぶんこの曲の寿命を伸ばしている。

使われ方の話をひとつ。「ギャグ」は、通勤の朝より、平日の夕方に効く曲な気がする。仕事終わりに家に帰る途中、少し疲れていて、でも今日一日それなりに笑ったな、と思うタイミング。あの時間帯にイヤホンで流すと、跳ね具合の”跳ねすぎなさ”が、ちょうど身体のテンションと合う。曲の側から「元気を出せ」と背中を押されると、しんどい日はしんどい。この曲は、そういう押し方をしない。並走してくれる、みたいな設計になっている、気がする。

聴きどころ3点

  • イントロから1コーラス目の”タメの作り方”。BPMは速めなのに、ドラムのキックとスネアの間にわずかな余白があり、勢いで押し切らない。後の「SUN」「恋」の跳ね方の原型が、ここに既に見える。
  • アウトロのコーラス配置。声を分厚く重ねずに、少しずつ位置をずらして寄せてくる処理。『POP VIRUS』以降のコーラスワークが早くも顔を出している。
  • タイトルと中身の距離。「ギャグ」と名乗りながら曲想はまじめで、”笑いの形をした祈り”みたいな二重構造になっている。2022年の「喜劇」との呼応で聴くと解像度が上がる。

2013年という年の、星野源の書き方

2013年の日本の音楽シーンを振り返ると、SEKAI NO OWARIやサカナクション、きゃりーぱみゅぱみゅがチャートの上位で目立っていた頃で、フェスの盛り上がりと、シンガーソングライターの世代交代が並走していた時期だった。星野源はまだ、ドラマ主題歌ヒットを量産するアーティストではなかった。俳優としての知名度が音楽の知名度を少し上回っていた、と言ってもいい。「SUN」の大ヒットまでは、まだ2年半ある。

その位置から出た「ギャグ」は、当時の受け取られ方としては、まだ”通向けの曲”の枠に入っていたと思う。SAKEROCKからソロに軸足を移してきた元インストバンドの人が、映画主題歌を書いた、という文脈で紹介されることが多かった。今の世代がこの曲を初めて聴くと、たぶん逆の順序で入ってくる。「恋」の人が、10年前にこんな曲を書いていた、という驚きから始まる。同じ曲でも、聴かれる方向が反転している。

この「聴かれる方向の反転」は、名曲の条件のひとつだと思っている。リリース当時と、5年後、10年後で、別の顔を見せる曲。「ギャグ」はそういう体力を持っている。

歌唱の話 このころの声、いまの声

もうひとつ、後追いで聴くと気付くことがある。声。2013年の星野源の声は、後の「恋」以降と比べて、少しだけ細い。細い、というのは弱いという意味ではなくて、声の質量が違う、という意味。ミッドレンジに寄っていて、胸に落ちる響きが今より控えめだ。この時期の星野源は、自分の声の芯をどこに置くかを、まだ探っていたように聴こえる。

これは技術の未熟さではない。むしろ「ギャグ」の曲想には、この細さがちょうど合っている。がっしり歌い上げる声で”ギャグ”というタイトルを歌うと、重すぎる。少し軽くて、少し不安定で、でも真ん中は外さない。この歌い方は、後年の重心の低い歌唱では、逆にできないことだったと思う。

だから、この曲は歌い直せない曲でもある。今の星野源が「ギャグ」を新録したら、それはそれで良い曲になるはずだけど、2013年5月の声でしか出せなかった何かは、もう戻ってこない。ライブでは今も歌われることがあるはずだけど、音源として残っているあのテイクは、あの時期にしか成立しなかった。この一回性が、シングルの2曲入りという小さなパッケージに、今も閉じ込められている。

キャリアの中での位置づけ 「初期星野源」の最終稿

星野源のキャリアを乱暴に3期に分けるなら、1期はばかのうた🛒楽天『エピソード』の弾き語り〜フォーキー期、2期は『Stranger』〜『YELLOW DANCER』のポップ拡張期、3期は『POP VIRUS』〜『Gen』の国内外コラボ期。この分け方に従うなら、「ギャグ」は1期の閉じ方であり、2期の始まりの隣にいる。境目に立っている曲。

『Stranger』というアルバム自体が、フォーキーな温度を残しつつ、ストリングスやアップテンポの語彙を取り込み始めた過渡期の作品で、その1週間後に出た「ギャグ」は、そのアルバムの延長にありながら、明らかに次のフェーズを向いている。1曲だけ、少し先の景色を見ている感覚がある。この”半歩先”の位置が、後追いで聴くと妙にはっきり見える。

面白いのは、この曲が『Stranger』にも後続のアルバム『YELLOW DANCER』にも収録されていないことだ。シングルとして単独で存在し続けている。だからこそ、時系列の重力から少し自由で、”どの時期の星野源のプレイリストにも紛れ込める”という不思議な立ち位置を保っている。

入門動線

「ギャグ」から広げるなら、次の1曲は迷わず「喜劇」(2022年)。10年近い距離を挟んで、同じ主題を別の技術で書き直した対になる曲として並べたい。もう1枚アルバムを挙げるなら、この曲が置かれた時期の全体像を知るために『Stranger』(2013年)を通しで。フォーキーな温度と、次に向かうポップの気配が同居する過渡期の記録として、今聴いても厚みがある。

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問いをひとつ残しておく

この曲を「初期の隠れた名曲」と閉じるのは簡単だけど、たぶんそれだと足りない。「ギャグ」は、星野源が”重い話を軽く書く”という自分のスタイルを、初めて外に出した曲だ、と自分は思っている。この読みが正しいかは分からない。「SUN」を起点にする人もいるだろうし、もっと前の『エピソード』にすでに完成していた、と読む人もいるはずだ。

「ギャグ」を、星野源のキャリアのどこに置くか。ここは、ファンの数だけ答えがあっていい場所だと思う。自分の答えは「境目」だけど、あなたの答えはたぶん違う。それを聞いてみたい、というのが正直なところ。

チャート順位や再生数の外側で、こういう曲が10年以上静かに聴かれ続けていることが、星野源というアーティストの本当の強さだと思っている。表題曲でも大ヒット曲でもない場所に、次の10年に効く曲を置いておける。これができる人は、多くない。

まずこの作品から聴く

  • 喜劇 — 10年後に同主題を書き直した対の曲
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  • Stranger — 「ギャグ」と同時期の過渡期アルバム
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  • SUN — 跳ねすぎない跳ねが完成した代表曲
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  • POP VIRUS — コーラス処理の到達点
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