2016年10月、山本彩がソロデビューアルバムRainbow🛒楽天の中に静かに置いた一曲、それが雪恋🛒楽天だ。当時はNMB48のキャプテンでありAKB48選抜メンバー。ソロは「アイドルの副産物」として扱われがちだった。あれから約10年。2018年にNMB48を卒業し、シンガーソングライターとして歩んできた今の位置から振り返ると、この冬曲は違う顔で立ち上がってくる。雪恋はソロ山本彩の設計図で、当時は序章、今聴くと本編への鍵になる。
チャートの数字だけで語れる曲じゃない。というより、当時この曲を「ソロデビュー曲の一つ」として消費した自分を、今ちょっと恥ずかしく思ってる。
この曲の要点
- 『雪恋』は山本彩が作詞作曲し、亀田誠治が編曲を担当した楽曲。
- 2016年10月26日発売の1stソロアルバム『Rainbow』(よしもとアール・アンド・シー/laugh out loud! records)に収録。
- 初回限定盤には『雪恋』のミュージックビデオが特典映像として収められた。
- NTTドコモ「dヒッツ」のCMソングとして配信ページで紹介されている。
- 山本彩は2018年11月にNMB48を卒業し、以降ソロシンガーソングライターとして活動している。
2016年秋という時点に、この曲は置かれた
まず事実から。『雪恋』は、山本彩自身が作詞・作曲し、亀田誠治が編曲したナンバーで、1stソロアルバム『Rainbow』に収録された。発売は2016年10月26日。当時、彼女はまだNMB48のキャプテンだった。NMB48の1期生として2010年に加入し、AKB48選抜としても中央で歌い続けてきた、いわば「アイドル王道の中の実力派」というポジション。そのど真ん中で、ソロデビュー作は出た。
ここが後追いで読むと面白い。『Rainbow』はサウンドプロデュースに亀田誠治を迎え、GLAYのTAKUROやスガシカオといった外部の作家陣も名を連ねた、いわば「一級品の大人の布陣」で組まれている。にもかかわらず、『雪恋』は本人の作詞作曲だ。他人の胸を借りるだけでなく、自分の書いた曲を並べに行った。しかも初回限定盤のMV枠を任されたのがこの『雪恋』だった、というのは、当時のチームがこの一曲をどう見ていたかの答えだと思う。
そう。センターソングとしてではなく、名刺として置かれた曲だ。
亀田誠治のアレンジが、当時の耳では聞き逃されたもの
アレンジの話を少し細かく。亀田誠治の仕事といえば椎名林檎、東京事変、平井堅、いきものがかり、スピッツ、手数の多いプロデューサーだ。その亀田が『雪恋』でやっているのは、驚くほど引き算のプロダクションに聞こえる。アコースティックギターの粒立ちを中心に置いて、リバーブは冬の空気を思わせる長さで、ボーカルの子音を潰さない位置に置いてある。手数の多い人がわざと手数を減らしたときに出る「間」が、この曲の骨格になっている。
もう少し具体に踏み込む。イントロのギターは、フィンガーピッキングに近いタッチで低音弦の運びを聴かせている。ここでバンドセットを重ねてしまえば普通のミドルバラードになる。亀田はそれをやらない。1番のAメロはギターとベースの骨組みだけで進んで、ドラムがはっきり主張してくるのはサビの直前。この「入ってこないパート」の設計が効いていて、サビでリズムが乗ってきた瞬間の景色の広がり方が、単なるダイナミクスの上下じゃなく、視界そのものが開ける感覚に近い。
当時、多くのアイドルソロは「歌唱力の披露場」として組まれていた。バラードなら壮大に、ミドルなら派手に。『雪恋』の亀田アレンジはそのどれでもない。声とギターの距離を、生活の距離感で保っている。カラオケで歌ったときに「あれ、思ったより静かな曲だな」と感じる人は多いはず。派手さで押していない。
ボーカルディレクションも同じ思想で組まれている。山本彩の歌は、地声からミックスに切り替わるポイントに独特のざらつきがある声だ。ここを滑らかに整えず、ざらつきが少し残る場所でOKを出している、たぶんそういうミックスに聞こえる。整えすぎたら、この曲は嘘になる。冬の別離を歌うのに、声だけツヤツヤに磨き上げたら、生活の温度が消える。亀田はそれを分かっていて、少しだけ荒さを残した。ここを2016年当時の耳で聴き取れていた人は、そんなに多くなかったと思う。
面白いのは、この選択が2019年以降のソロ山本彩、『イチリンソウ』以降、UNIVERSAL SIGMA移籍後に彼女がやってきた方向性と一直線につながっているところ。声とギターと、余白。今の彼女のライブを観に行った人が、この2016年のトラックを聴き返すと、たぶん最初の3秒で気づく。「あ、この人、最初から今の場所を目指してた」。それが今聴くと言えることで、当時は言語化しづらかった補助線だと思ってる。
作詞作曲・山本彩、という肩書の重さ
『雪恋』のクレジットを改めて見ると、作詞・作曲どちらも山本彩本人。編曲だけが亀田誠治。この配分、実はソロデビュー作でこれをやれるアイドルは当時ほとんどいなかった。2016年前後のAKBグループ発ソロ作品を並べてみるとわかるが、「本人の書き下ろしを、A&R的にプロが仕上げる」構造は、少数派だった。
もう一つ、忘れちゃいけない事実がある。2016年8月にリリースされたNMB48の15thシングル『僕はいない』のカップリングに、同期の渡辺美優紀のために山本が作曲した『今ならば』が収録されている。つまり『雪恋』が世に出た2ヶ月前に、彼女は「他人のために書く」ことをすでにやっていた。ソロデビューは唐突な出来事じゃなく、コンポーザーとしての積み上げの上に置かれた。
この文脈があると、『雪恋』の聴こえ方が変わる。冬の別離を情景で書く手つき、サビでメロディを跳ねさせずに保つ選択、Bメロで一度呼吸を落とす構成、アイドルの余技じゃなく、書く人の手癖として一貫している。今の山本彩の弾き語りセットに『雪恋』を混ぜても違和感がない、たぶんそういう作り方をしていたからだ。
2018年卒業を経て、この曲は「予告編」になった
山本彩は2018年11月にNMB48を卒業。2019年2月にライブハウスツアー『I’m ready』を開催し、同年4月にUNIVERSAL SIGMAから移籍第1弾シングル『イチリンソウ』をリリースした。ここでソロシンガーソングライターとしてのフェーズが本格的に始まる。
この時系列で並べたとき、『雪恋』の位置がぐっと変わる。ソロデビューアルバムの中の一曲、じゃない。NMB48在籍中に、卒業後の音楽像を先出しした「予告編」だ。声とギターの距離感、派手さで押さない設計、書く人としての自分、これ全部、卒業後にもっと明確に前景化した要素で、その原型が2016年秋にすでに置いてあった。
正直、2016年当時にここまで読めなかった。「ソロデビュー、いい曲だな」で流していた自分がいる。10年近く経ってから、彼女がどこへ歩いたかを知った上で聴くと、『雪恋』は違う顔をしている。序章のふりをした本編の鍵だった、と今なら言える。
この曲は、どんな時間に効くのか
『雪恋』は、たぶん夜の曲として設計されている気がする。それも都会の夜じゃなく、部屋の中の、明かりを少し落としたあとの夜。派手なフックがないから、車で流したりカフェでBGMにしても風景に溶ける。ところが一人で、部屋で、他の音を全部消して聴くと、輪郭が急に立ち上がってくる。声のブレスがはっきり聞こえるミックスになっているのは、たぶんそういう聴かれ方を想定している。
冬の別離を題材にしているのに、湿っぽく閉じない。この距離の取り方が、今のシンガーソングライター山本彩のライブに通底する感触と地続きだと思う。悲しみを大きく歌わない。小さく、正確に置く。ファンの人が「あの曲、季節が来ると必ず聴き返す」と話しているのを何度か見かけたけれど、あれは派手なフックの記憶じゃなく、この距離の取り方への信頼だと思ってる。
聴きどころ3点
- 亀田誠治編曲の「引き算」、アコギとボーカルの距離、リバーブの選び方に注目。冬の空気そのものを設計している。
- 本人作詞作曲であること、サビでメロディを派手に跳ねさせない構造は、卒業後のSSW期の作風とそのままつながる。
- 初回限定盤MV収録という扱い、ソロデビュー作の中で、なぜこの曲がMVに選ばれたのかを、10年後の耳で答え合わせできる。
チャート・数字の外側にあるもの
『Rainbow』はオリコン週間チャートで上位に入り、ソロデビュー作としての存在感は当時から示していた。ただ、『雪恋』個別のチャート順位や再生数を並べても、この曲の価値の話にはあまりならない気がする。この曲の効き方は、リリース直後の数字より、時間差でやってくる種類のものだ。
2024年に「24時間テレビ」関連で山本彩のソロ曲がオリコンで急上昇した、という報道もあった。ソロ活動が続いた結果、過去曲が新しい耳で発見される流れが、彼女のカタログには起きている。『雪恋』もその文脈の中で聴かれ直す一曲だと思う。冬になると再生数が伸びる、という現象は季節曲の宿命として起きているはず(数字の実測は公式配信データを参照してほしい)。
キャリアの中での位置づけ、「後追いで見える線」
山本彩のディスコグラフィを『Rainbow』(2016)→『identity』(2017)→NMB48卒業(2018)→『イチリンソウ』(2019)→以降のソロSSW期、と並べたとき、『雪恋』は最初の分岐点に置かれている。彼女がその後選ばなかった道もある。アイドルの延長としての壮大バラード路線、EDMやダンスポップに寄る選択、外部作家の色で染まる方向。全部あり得たはずだ。そのどれでもなく、彼女は「書く人が声とギターで立つ」場所を選び続けた。
『雪恋』を今聴き返すと、この選択は2016年秋の時点ですでにされていたんだと分かる。デビュー作で自作曲を、亀田誠治に引き算のアレンジで仕上げてもらう。この一手が、10年分の道の最初の一歩だった。ファンの人が『雪恋』を大事にしてきた理由は、たぶん季節曲としての美しさ以上に、この最初の一手を選んだ人への信頼だと思う。
入門動線
『雪恋』が刺さった人に次に聴いてほしいのは、同じアルバム『Rainbow』の中で本人が書いた他の曲、特にアルバム冒頭の『レインボーローズ』(作詞作曲:山本彩)。書く人としての手癖を、対になる形で確認できる。もう一枚広げるなら、2ndソロアルバムidentity🛒楽天(2017)。『Rainbow』からの1年で、彼女の書き方がどう変わったか(あるいは変わらなかったか)を通しで聴ける。そこからNMB48卒業後の『イチリンソウ』へ辿ると、『雪恋』が予告編だったことがはっきり見える。
「dヒッツ」CMソングという扱われ方について
『雪恋』はNTTドコモの音楽配信サービス「dヒッツ」のCMソングとしてリリース時に紹介された。今読み返すと、この起用先が面白い。ドラマ主題歌やアニメOPのような物語と結びつくタイアップではなく、「音楽サービス」そのもののCM曲だ。曲が背負う物語の余白が、リスナー側に完全に開かれている状態でリリースされた、と言い換えてもいい。
これは結果的に、この曲の寿命を延ばしたと思ってる。映像作品の記憶と紐づいた曲は、その映像とセットで消費されて、時期が過ぎると再生数が落ちていく。『雪恋』はそこにひもづいていないから、聴く人の側の冬の記憶と自由に結びつける。だから冬が来るたびに、新しいリスナーの生活に入り込む余地がある。当時、意図してこの座組みを選んだかどうかは分からない。ただ、後追いで見ると幸運なマッチングだった。
「アイドルのソロ曲」という枠を超えて残った理由
2016年のアイドル発ソロ曲は、大量にリリースされて、大半は今聴き返されていない。『雪恋』が今も冬の定番として名前が挙がる曲の一つになっているのは、なぜか。理由は3つくらいある気がする。
一つ目、季節をまとった曲であること。冬曲というジャンルは毎年新規リスナーが自然に流入する。二つ目、作詞作曲が本人であること。カバー曲や外部提供曲だと「その人でなくてもいい曲」になりがちだけど、本人書き下ろしはその人の歌でしか成立しない。三つ目、亀田誠治の編曲が古びない設計だったこと。トレンドの音(例えば2016年のEDM的処理やトラップ的ハイハット)を入れなかったから、10年経っても時代の匂いが立たない。
この3つがそろっている曲は、意外と少ない。しかも当時のアイドルソロという枠の中では、ほとんど無かった。だから残った。今この文を読んでる人が『雪恋』を大事にしてきた理由も、たぶんこのあたりに接続する話だと思う。
『Rainbow』というアルバム全体の中での置き位置
アルバム『Rainbow』を通しで聴くと、『雪恋』の座り方がまた別に見えてくる。TAKUROやスガシカオといった外部作家の曲が並ぶ中で、本人書き下ろしの『雪恋』は、ある種の「素の切り出し」として機能している。他の曲が「山本彩を大人のフィールドに紹介する」設計だとしたら、この曲は「本人が単独で立つ」設計。並べると温度が違う。
だから、アルバムの中で1曲だけ選ぶとき、多くのファンが『雪恋』を挙げる、というのは偶然じゃないと思う。ここに本人が居る、という気配が一番強い曲だからだ。豪華な布陣で組んだデビュー作の中に、本人の素の一曲を混ぜる勇気。当時の判断として、今振り返っても正解だったと言える。
ライブでの育ち方、というもう一つの視点
ソロデビュー以降、山本彩はライブの現場で楽曲を育ててきたタイプのアーティストだ。CDのミックスと、弾き語りでの再現、バンドセットでのアレンジ、それぞれで曲の表情が変わる。『雪恋』もその例外じゃない。アコースティック編成で聴いたときに、亀田誠治の原アレンジがなぜあの引き算だったのかが、逆算で腑に落ちる。骨組みが強い曲だから、装飾を変えても歌が立つ、そういう設計だった。
これは書ける人の書いた曲の特権だと思う。誰かに書いてもらった曲は、書いた人の設計思想に縛られる。自分で書いた曲は、自分の身体で何度でも別解を出せる。『雪恋』が10年経っても現役の理由の一つは、この可変性にある気がする。
読み方が分かれる、一つの問い
最後に、答えを出さない問いを一つ置いておきたい。『雪恋』を「アイドル時代の名残」として聴くか、「シンガーソングライター山本彩の起点」として聴くか。この読みは、たぶんファンの中でも分かれる。前者はNMB48のキャプテンだった彼女の記憶とセットで、雪の日ごとに再生される。後者は今のソロ活動の入口として、若い世代にも届いていく。
どちらの読みも正しいと思う。ただ、10年経ってから聴き返した個人的な結論を書いておくと、この曲は両方の顔を同時に持っているから今も生きているんだと感じてる。片方に閉じたら、たぶんこんなに長く聴かれてない。冬が来るたびに、聴く人の側の位置で意味が変わっていく、季節曲の理想的な生き方を、この一曲はしている気がする。
まずこの作品から聴く
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