TOKIO HOT 100 ランキングアーカイブ(1997年4月20日放送)

TOKIO HOT 100 1997-04-20 放送回ランキング ランキング

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1997年4月20日放送の J-WAVE「TOKIO HOT 100」を振り返る回顧コラムです。当時のチャート上位曲を手がかりに、その週の音楽シーンを読み解きます。

本サイトは非公式のファンサイトです。チャートデータの出典:J-WAVE「TOKIO HOT 100」(1997年4月20日放送回)。

この週の音楽シーン

1997年4月20日放送の「TOKIO HOT 100」を振り返ると、この週の頂点に立っていたのはリサ・スタンスフィールドの「THE REAL THING」だった。彼女は1990年代初頭から「オール・アラウンド・ザ・ワールド」などのヒットで知られる英国出身のシンガーで、白人でありながら黒人音楽的な発声とグルーヴを体現する、いわゆるブルーアイドソウルの旗手として長く支持されてきた人だ。「THE REAL THING」もまた、そうした彼女らしい成熟したソウルフルな歌唱と、都会的で洗練されたアレンジが同居する一曲で、力み過ぎない歌い回しの中に説得力を宿らせる彼女ならではの魅力が詰まっていたと言える。派手さで押し切るタイプの曲ではなく、じっくりと聴き手を引き込んでいくタイプの楽曲が首位に置かれていたこと自体、この時期のJ-WAVEのリスナー層の嗜好をよく表していたように思う。

TOP10全体を眺めると、97年という年がいかに音楽的な過渡期であったかがよくわかる。2位のケミカル・ブラザーズ「BLOCK ROCKIN’ BEATS」は、当時急速に存在感を増していたビッグビートと呼ばれるムーブメントの中心にいたユニットの代表曲で、ロックのエネルギーとダンスミュージックのビート感を融合させた音作りが新しい時代の到来を感じさせた。一方で3位のブラン・ニュー・ヘヴィーズや8位のジャミロクワイは、英国発のアシッドジャズ/ファンク的な感性を持つアーティストとして、生演奏的な質感とクラブ的なグルーヴを両立させていた存在だ。ここに4位のエアロスミスのようなアメリカン・ロックの大御所、5位のメアリー・J・ブライジや7位のエターナルといったR&B・ソウル勢、9位のU2のようにダンスミュージックへ接近しつつあったロックバンドまでが並んでいたことを思うと、このチャートはジャンルの境界がまだ緩やかで、しかし確実に交差し始めていた時代の空気そのものだったと言えるだろう。

6位のニューヨリカン・ソウル feat.インディアや10位のザーニーといった選曲も見逃せない。前者はケニー・ドープとルイ・ヴェガというハウスシーンの重要人物によるプロジェクトで、クラブミュージックとラテン・ソウルの伝統を接続する試みだった。こうした曲がロック勢やメインストリームのR&Bと同じチャートに並ぶこと自体、当時のJ-WAVEが持っていた選曲の幅広さ、都市生活者のライフスタイルに寄り添う「洋楽全般を扱う場」としての性格をよく物語っている。深夜や週末のドライブ、あるいは仕事帰りの時間帯に流れていたであろうこれらの曲は、単なるヒットチャートの記録以上に、当時の東京という都市の空気感を映し出す鏡でもあった。

こうして振り返ると、1997年4月20日というこの週は、ソウルの成熟とダンスミュージックの躍進、そしてロックの変容が同時に進行していた瞬間の記録だったと言える。リサ・スタンスフィールドという実力派シンガーが首位にいたことは、派手な流行よりも歌の説得力そのものを評価する耳が、当時のリスナーにも編成側にも確かに存在していたことの証left ではないだろうか。今聴き返しても、このTOP10の並びには古びない緊張感がある。ジャンルを横断しながらも一貫して「良い音」を選び取ろうとする姿勢が、20年以上経った今も色褪せずに伝わってくるのは、このチャートが単なる流行の記録ではなく、時代の耳を映した記録だったからだろう。

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1997年4月20日付 TOP10(出典:J-WAVE TOKIO HOT 100)

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