Peggy Gouはなぜ世界を踊らせるのか|”Nanana”で越境した韓国発ベルリンのDJ像

夜のクラブを思わせるネオンとミラーボールの抽象イメージ、韓国と欧州の都市を象徴するグラデーション アーティスト

本ページには広告(Amazonアソシエイト・楽天アフィリエイト等)を含みます。

Peggy Gou(ペギー・グー)の名前を初めて意識したのは、2023年の夏、ベルリンの友人が送ってきた1本の動画だった。屋外のパーティーで、老若男女が同じ振りで揺れている。曲は聴いたことがある気がしたし、なかった気もした。それが『(It Goes Like) Nanana』だった。あの夏、街のカフェでも、東京のバーでも、パリの美容室でも、同じイントロが流れていた。ダンスミュージックの中の一曲、で片付けられない現象になっていた。

ハウス、テクノ、ディスコ、K-POP以降の東アジア的ポップ感覚。彼女はそれらの間を軽やかに横断する。しかも、DJブースの中の人でありながら、ファッション誌の表紙にも載る。この稀有な立ち位置がどう作られたのか。今回はチャートに再浮上した文脈を入り口に、彼女のキャリアを解きほぐしていく。

※広告 「Peggy Gou」を聴く / 買う ▶ 試聴(YouTube Music)🛒 Amazon🛒 楽天

このアーティストの要点

  • Peggy Gou(本名キム・ミンジ、1991年7月3日生まれ)は、韓国・仁川出身、ベルリン拠点のDJ / プロデューサー。
  • 2018年にNinja Tuneから『Once EP』をリリースし国際的に注目され、2019年には自身のレーベルGudu Recordsを設立。
  • 2023年6月にXL Recordingsから発表した『(It Goes Like) Nanana』が世界的ヒットとなり、UK Official Singles Chartで最高5位、Beatportの2023年ベストセラー・トラック1位に輝いた。
  • 2024年6月、デビュー・アルバム『I Hear You』をXLから発表。韓国語・英語・スペイン語を混在させたダンス・ポップ作品。

🎧 この曲を聴くなら[PR]

仁川からロンドン、そしてベルリンへ

キャリアの前提となるのは、地理的な移動の多さだ。彼女は韓国で生まれ、10代でロンドンに渡り、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション在学中にDJとエレクトロニック・ミュージックの制作を始めた。ピアノを幼少期から習っていたクラシック畑の人でもある、と各種インタビューで語られている。

ロンドンでの学生時代に彼女が触れたのは、ファッションの現場と、深夜のクラブと、その両方だった。この二重生活が、後年のペルソナ——DJであり、モデルであり、レーベル・オーナーであり、ブランドの顔でもあるという複合性——の土台になっている。

拠点をベルリンに移したのは、テクノとハウスの震源地に近いところで作りたい、というシンプルな動機に見える。ただ、韓国人女性DJがベルリンで根を張るのは当時決して自明ではなかった。Berghainでプレイしたい、と口にしていたインタビューが2010年代半ばに残っている。目標を口に出して掲げるタイプの人だ。ここが後の突破力に効いてくる。

アンダーグラウンドからの助走:2016〜2018年

ブレイクは一夜で起きたわけではない。2016年頃からロンドンのPhonicaやRekidsといった小規模ハウス系レーベルでシングルを重ね、DJセットで名前を売った。彼女のプレイは、いわゆる硬派なベルリン・テクノ一辺倒ではない。エレクトロ、ハウス、ディスコ、時にブレイクビーツを織り込む。2010年代を通して、テクノ、ハウス、エレクトロを夢想的につなぐエネルギッシュなDJセットで国際的な名声を築いた、とインダストリー筋は評している。

助走期の決定打が、2018年3月2日にNinja TuneからリリースされたOnce🛒楽天だ。『Once』はPeggy Gouの5枚目のEPで、韓国語と英語を用いたハウス作品として2018年3月2日にNinja Tuneから発表された。収録曲「It Makes You Forget (Itgehane)」は、彼女の代名詞となった。韓国語でのボーカルをハウスのグルーヴに乗せる——今聴くと当たり前に思えるが、2018年時点でそれをここまでのクオリティで成立させた例は少なかった。2018年4月にはコーチェラ・バレー・ミュージック・アンド・アーツ・フェスティバルへのデビューを果たしている。

この時期のセットを今でもYouTubeで漁ることがある。20分過ぎに突然テンポが落ちてディスコの古典が入る、あの間合いは今でも真似できるDJが少ない。テクニックではなく、選曲の”視野の広さ”の問題だ。

Gudu Recordsの設立と、経営者としての顔

2019年、彼女は自身のレーベルGudu Recordsを立ち上げ、その第1弾として自作EP『Moment』を4月19日にリリースした。収録曲は「Starry Night」と「Han Pan」。「Starry Night」はディスコ寄りのローラーで、Gou自身が韓国語と英語で歌い、B面の「Han Pan」ではパン・ドラムの打音がフィーチャーされている。ここでの英断は、自分の名を売るタイミングで他人のレーベルではなく自分のレーベルを選んだこと。DJ / プロデューサーの多くが、事務所とレーベルに従属したままキャリアを終える中で、彼女はここで経営者側に回った。

Guduの意味は韓国語で「靴」。母親がかつて靴屋を営んでいたことに由来する、と本人が語っているのを何度か読んだ。名前ひとつに家族史を織り込むあたり、単なるビジネス上のブランディングを超えている。以降Guduからは他アーティストの作品もリリースされ、レーベル運営自体が彼女の作家性の一部になっていく。

正直、DJが自分のレーベルを作るとだいたい趣味の域を出ないケースが多い。Guduはそうならなかった。この差はどこから来るのか。彼女がファッション業界で身につけた”見せ方”の感覚が、レーベル運営にそのまま流用されているからだ、と個人的には見ている。

音楽性の核:クラブ・ミュージックとポップの境界を歩く

彼女の音楽の核は何か、と聞かれるといつも答えに詰まる。深いところにあるのはハウスとエレクトロだ。しかし、それをフロア以外の場所に持ち出すときの翻訳力が、他のDJ出身プロデューサーと違う。

手法として目立つのは、90〜2000年代のダンス・アンセムの記憶を薄く重ねてくること。露骨なサンプリングではなく、コード進行やベースラインの気配で”あの時代の高揚”を呼び戻す。バレアリック、ハウス・クラシック、ポップの往年のヒット。それらが層になって、初聴でも既視感が湧く。だから初めて聴いた人が「知ってる気がする」と感じる。ヒットの構造として理にかなっている。

もう一つの核は、多言語性だ。韓国語、英語、スペイン語をトラックの中で使い分ける。『I Hear You』は韓国語・英語・スペイン語を用い、ダンス・ポップにジャンル分類されている。言語の壁が音の障壁にならない。むしろ、意味を追いにくい言語が耳に刺さる、というダンスミュージック固有の現象を巧みに使っている。

聴きどころ3点

  • 90s〜00sダンス・クラシックの記憶を再構築する筆致:ハウス、バレアリック、テック・ハウスの語彙を、現行のポップの尺で鳴らし直す。
  • 多言語のボーカル配置:韓国語のフレーズを主旋律に置いても違和感なく踊れる構造にする、独特のミックス感覚。
  • DJセットとしての流れの巧みさ:単曲ヒットだけでなく、90分〜2時間のセットで見せる緩急とジャンル間の移動距離。

『(It Goes Like) Nanana』——2023年夏を書き換えた1曲

結論から書く。この曲は、彼女がアンダーグラウンドの人からグローバル・ポップの側に半歩踏み出した瞬間の作品だ。『(It Goes Like) Nanana』は2023年6月15日にリリースされ、XL Recordingsからアーティストとして発表した最初の作品で、UK Official Singles Chartで最高5位に達し、彼女にとって英国初のトップ10ヒットとなった。

楽曲の骨格はシンプルなハウス。だが、ボーカルのフックが尋常でなく強い。この曲はバレアリック・サウンドを定義したハウスとポップの古典、そして90年代・2000年代のダンス・アンセム、Peggy自身のインスピレーションに触発されて作られたと説明されている。あの”知っている気がする”感覚は、狙って作られている。

市場の側の反応も派手だった。米国ではBillboardのHot Dance/Electronic Songsチャートで最高16位に到達した。そしてクラブ音楽の指標としては最重要のひとつ、Beatportの2023年ベストセラー・トラックのランキングで首位を獲得した。フロアとチャートの双方で勝った作品、というのは実は珍しい。多くのヒットはどちらか片方に偏る。

ライブ映像を見ると分かるが、この曲がかかった瞬間、フロアの背丈が一段上がる。跳ねる。声が出る。ダンスミュージックの原理的な機能——集団の身体を同期させる——を、2020年代に更新した稀有な例だと思ってる。

代表作・ディスコグラフィの読みどころ

作品の全体像を俯瞰するなら、EPと自作レーベルの流れを軸に見るのが早い。彼女の場合、アルバムよりもEP単位で作家性が変わってきた作家だ。

Once🛒楽天(2018, Ninja Tune)は入口として最も推せる。「It Makes You Forget (Itgehane)」の韓国語ボーカル×ハウスの均整は、今聴いても古びていない。EP全体の長さは19分52秒で、通しで聴ける。ここには、彼女がアンダーグラウンドDJからスターに化ける前夜の緊張感がある。

Moment🛒楽天(2019, Gudu Records)は、レーベル創設と同時に出されたEP。「Starry Night」は今も彼女のDJセットのハイライトの一つで、韓国語と英語を横断する歌の乗せ方が最初に完成した瞬間の作品として重要。

そしてI Hear You🛒楽天(2024, XL)。デビュー・スタジオ・アルバムで、2021〜2024年にかけて録音され、2024年6月7日にXLから発売された。全長は40分17秒。収録シングルには「I Go」「(It Goes Like) Nanana」「Lobster Telephone」が含まれ、跳ねるシンセ・ジャムから最良のダーティーなクラブ・ビートまで横断する構成、と評されている。

初期のEP作と最新作を並べて聴き直すと、面白いことに気づく。ハウスの根幹はほぼ動いていない。変わったのは、ボーカルの前景化と、ポップ的なフックの露出度だ。この揺れ幅がどこまで許容されるかで、彼女の今後の受容が決まる、と個人的には見ている。批評的な意見は割れていて、Resident Advisorのレビューは、『I Hear You』が自らの重みと創作者の巨大化したペルソナの重みに崩れる、としつつ、再生に値する曲もあり、最悪の瞬間ですらパーティーで止められることはない、と結論している。

カルチャー的な文脈:アジア系女性DJの可視化と、ファッション産業との近さ

Peggy Gouの存在を音楽の話だけに閉じるのは、実はもったいない。彼女は2010年代後半以降、ダンスミュージック・シーンにおけるアジア系女性の可視性を単独で押し上げた人物のひとりだ。

ベルリンのテクノ・シーンは、長らく欧米出身の男性DJが中心のヒエラルキーを持ってきた。そこで韓国出身の女性が主要フェスとクラブのトップスロットを取る、という事象は、単に本人の実力の話であると同時に、シーンの許容範囲を広げた出来事でもある。同時代にAmelie Lens、Nina Kraviz、Charlotte de Witteといった女性DJが台頭したこととも呼応している。

もう一つ無視できないのは、ファッション産業との距離の近さ。彼女はしばしばラグジュアリー・ブランドのキャンペーンに登場し、雑誌の表紙を飾る。DJ / プロデューサーとしてのアウトプットを損なわない範囲で、視覚的なアイコンとして機能している。この二足のわらじは、以前なら音楽側から白い目で見られたが、2020年代の受け手は違和感を持たない。境界が動いた。

加えて、韓国のポップ・カルチャーがグローバルな受容の中心に置かれた時期と、彼女の国際的ブレイクがちょうど重なる。K-POPの副次的な追い風は確実にあるが、彼女自身はK-POPのフォーマットには全く乗っていない。ここは混同されがちなので強調しておきたい。

今チャートでの立ち位置

今週の具体的な順位についてはここでは触れないが、大枠として言えるのは、彼女の楽曲——特に『(It Goes Like) Nanana』——が2023年の夏に一度ピークを打ったあとも、シーズンごとに再浮上する種類のヒットになっているということだ。

夏、屋外フェスの季節、DJセットの中でこの曲がかかるたびに、SNS上で断片が再拡散される。そこから新規のリスナーが本体に流れ、アルバム『I Hear You』の中の別トラックに触れる、という流入経路が今も生きている。単発ヒットの一発屋にならず、カタログ全体に注目を波及させられているのは、レーベル運営と本人のブランディングが噛み合っている証拠だと思ってる。

ダンスミュージック側の指標——BeatportやResident Advisor経由の受容——と、ポップ側の指標——UK Singlesや米Billboard——の双方で名前が残る作家は多くない。両輪で回せている今の位置は、ハウス系のプロデューサーとしては歴代でも上位に入る、と個人的には評価している。

これから聴くならどこから

入り口は人によって変えたい。ハウスやクラブ・ミュージックの経験がある人と、ポップから来る人では、勧める順番が変わるからだ。ここでは後者に寄せて設計する。

まずこの作品から聴く

  • (It Goes Like) Nanana — 2023年夏の世界的ヒット
    Amazon / 楽天 で探す
  • Once — ハウスDJとしての原点EP
    Amazon / 楽天 で探す
  • I Hear You — 多言語のデビュー・アルバム
    Amazon / 楽天 で探す
  • Moment — 自主レーベルGudu第一弾
    Amazon / 楽天 で探す

※リンクはアフィリエイト(広告)です。

入門動線

  • まずこの1曲:「(It Goes Like) Nanana」。彼女がポップ側に開いた瞬間の作品で、初聴のハードルが最も低い。フックが強く、5分前後で世界観が伝わる。
  • 次にこの1枚:EP『Once』(2018)。彼女がなぜハウス〜クラブの現場で信頼されているかが、19分52秒でわかる。「It Makes You Forget (Itgehane)」の韓国語ボーカルの快感を体験してほしい。
  • 深めるならこの1枚:アルバム『I Hear You』(2024)。約40分、ダンス・ポップの現在形として通しで聴ける。多言語のボーカル、ブレイクビーツ、ダウンテンポの寄り道まで、彼女の”広さ”が一望できる。

加えて、可能ならDJミックスも一つ挟んでほしい。BBC Radio 1のレジデンシー音源や、Resident Advisor Podcastの回など、単曲を並べただけでは見えない選曲家としての側面が見える。彼女の”耳の広さ”はここに出る。

最後に、これは音楽ライターとしての率直な観測を書いておく。Peggy Gouは、DJカルチャーとポップ産業の間に立って、両側から矢を受け続ける役回りにいる。硬派のクラブ勢からは”ポップに寄りすぎ”と言われ、ポップの受け手からは”クラブ寄りで難しい”と言われる。この二重の批判を受けながら、両方の側にヒットを残せているのは、覚悟の裏返しだと思う。次の一手がどう転ぶか、しばらく目が離せない作家であることは間違いない。

ワイヤレスでも高音質で[PR]

あわせて読みたい

コメント

タイトルとURLをコピーしました