クラブのフロアで、隣にいる女の子を見ながら思う。あの子みたいになりたいのか、それともあの子と一緒に居たいのか。Chloe QishaのBaby Girl🛒楽天は、その判別のつかない一瞬を、ファンクのビートに乗せて記録した3分だ。彼女になりたいのか、彼女と居たいのか。その揺らぎの真ん中で鳴るのが『Baby Girl』の3分だ。
2026年7月にリリースされたこの曲は、単なるパーティーソングではない。踊りながら内省するという、ちょっと矛盾した設計になっている。ミラーボールは回っている。でも視線は、少し内側を向いている。
この曲の要点
- 『Baby Girl』はChloe Qishaが2026年7月にリリースした新曲で、10月30日発売のデビュー・ミックステープ『Fantasize』からの先行シングル。
- 共作はOscar Görres(Taylor Swift, Troye Sivan)とCaroline Ailin(Dua Lipa)。ファンク/ディスコ要素を含んだオルタナ・ポップ。
- Chloe Qishaはマレーシア・クアラルンプール出身、現在はロンドン拠点。レーベルはColumbia(UK)/RCA(USA)系のSony傘下。
- 本曲は『Fantasize』からの4曲目の先行公開で、既発の「So Sad So Hot」「YDH」「Surprise Surprise」に続く位置づけ。
クラブで内省する、という設計
この曲の面白さは、舞台設定と感情の温度差にある。場所はクラブ。音は踊れる。でも主人公の頭の中は、目の前の女の子への感情の名前を探している。憧れなのか、恋なのか。友情なのか、それ以上か。Chloe Qisha本人は、この曲を「クラブにいる自分が『彼女になりたいのか、彼女と居たいのか』と自問している瞬間」だと語っている。
この構造がいい。ポップスは往々にして、感情に名前をつけてから歌う。これは逆で、名前がつかないまま音だけが先に走る。だからサビの高揚が、単純な快楽に聞こえない。ちょっとした痛みが混ざる。
個人的な話をすると、自分もこの曲を最初に聴いたとき、いわゆる「サマー・バンガー」の顔をしていると思った。実際イントロのグルーヴは完全にダンスフロア仕様だ。でも2周目、3周目と重ねると、印象が変わる。踊るための曲というより、踊りながら考えるための曲だと気づく。この二層構造が、Chloe Qishaの作家性の芯にある気がする。
もうひとつ、彼女はこの曲について「ポップ・ガールを引きずり下ろす業界とファンの空気の中で、私たちは互いにファンガールしているだけ」という趣旨のことも語っている。比較と嫉妬に疲れた世代への、静かな肩たたきみたいなメッセージが裏地に縫い込まれている。
「憧れ」と「欲望」の境目を歌にする、という難しさ
この曲の主題は、言葉にするとシンプルに見える。目の前の女性への憧れが、いつのまにか欲望に近い温度に変わっていく——その気づきの瞬間だ。でも、これを歌にするのは実は難しい。踏み込みすぎるとカミングアウト・ソングの重さが乗る。逆に距離を取りすぎると、ただの友情ソングに落ちる。
『Baby Girl』はその中間の、極めて細い線を歩いている。「あの子に憧れているのだと思っていた、でも実はもっと違う何かだった」という気づきを、断定せずに置く。この置き方が、10代〜20代前半の、まだ自分の輪郭がぼやけていた頃の記憶に接続してくる。だからこの曲は、特定のセクシュアリティの曲というより、「自分の感情に名前がつかなかった時期」全般の曲として機能する。
Chloe Qishaが心理学を学んでいたという事実を、ここで思い出したい。感情に名前をつける訓練を受けた人間が、あえて「名前がつかない瞬間」を歌にしている。この逆張りが、この曲の書き手としての知性を静かに証明している。
Oscar Görres × Caroline Ailin という布陣
制作陣を見ると、この曲の設計思想がよく分かる。共作・共同プロデュースはOscar Görres。Taylor Swiftの『Midnights』周辺やTroye Sivanの仕事で知られる、いま最も「グロス感のあるオルタナ・ポップ」を作れる書き手のひとりだ。もうひとりはCaroline Ailin。Dua Lipaの「New Rules」「IDGAF」を共作した、ダンスフロア設計の名手として名前を残している。
この2人が並ぶと、方向性はほぼ決まる。踊れる、でも歌詞の輪郭がちゃんと立つ。Görresのグロスに、Ailinのフック構築が乗る。そこにChloe Qishaのやや低めのミッドレンジ・ヴォーカルが挟まる。「ハイテンションで叫ばない」という選択が、この曲を一過性のクラブ・チューンから引き離している。
音の作り方でひとつ気になるのは、ベースの前傾姿勢だ。80年代ファンクの延長線上にあるスラップ/シンセベースの中間のような音色が、頭2小節でこの曲の性格を決める。ハイハットは細かい。でも上物はあえて足していない。空気を薄くしてヴォーカルの余白を残す判断が、ふたりのプロデューサー陣らしい。
ちなみに『Fantasize』ミックステープでは、Görres/Ailinとの共作体制が全体の芯になっているとされている。単発の当たり曲ではなく、作品として一貫した空気を作りに来ている、というのがこの布陣から読める。
Chloe Qishaという書き手 マレーシアからロンドンへ
この曲を語るには、彼女の来歴を少し押さえておきたい。Chloe Qi Sha Lim、通称Chloe Qisha。1998年か1999年の生まれで、マレーシア・クアラルンプールのダマンサラ・ジャヤで育った。16歳でイギリスに渡り、A-Levelsを終え、心理学の学位、コミュニケーションの修士まで取っている。音楽は独学。ピアノとギターは自分で覚えた。SoundCloudにカバーをあげていた頃の話だ。
本人はRolling Stone UKのインタビューで「音楽には後ろ向きに落ちてきた」という主旨のことを語っている。10代からベッドルームで曲を書いていたロマンティックな物語ではない。心理学を学び、セラピスト志望だった人間が、20代前半を「頭がフル回転で壊れそうだった」と振り返りながらポップに辿り着いた。この経歴が、『Baby Girl』の「踊りながら内省する」構造と、地味に接続している気がする。
デビュー・シングルを出したのは2024年7月。同年10月に初のライブを行い、そこから約2年で、Wilderness、Reading Festival、Lowlands、Austin City Limitsといった主要フェスのラインナップに名前が入るところまで来ている。ミックステープ『Fantasize』はColumbia(UK)/RCA(USA)から10月30日リリース予定。所属はSony系列だ。
アジア出身、英国拠点、心理学のバックグラウンド、遅めの音楽スタート。この組み合わせは、少なくとも「10代からポップ・スター志望」というテンプレとは違う場所から来ている。
80sファンクを2026年に鳴らす意味
『Baby Girl』のサウンドは、複数のメディアで「ファンク/ディスコの影響」と形容されている。ノスタルジックな80s感を土台に、現代のオルタナ・ポップの質感で塗り直した、という言い方が近い。
ここ数年、80sリバイバルは飽和状態にある。The Weeknd以降、Dua Lipa『Future Nostalgia』以降、シンセウェーブ/ネオディスコの語彙は完全に共有言語になった。だから2026年の時点で「80sをやる」だけでは、もう差がつかない。
『Baby Girl』が面白いのは、80sを装飾として使わず、感情の温度を下げるために使っていることだ。ディスコのビートは通常、多幸感の演出装置として機能する。でもこの曲では、ビートが走っている裏で、主人公は「自分の気持ちの正体」を測っている。ダンスフロアが、感情の実験室になる。この転倒が、単なるリバイバルと一線を画す。
Aメロは息の量を絞って歌う。プリコーラスで少しずつ広げて、サビでベースラインを解放する。転調はほぼ使わない。上物の重ね方も抑制的だ。80sファンクのDNAを持ちながら、ミックスは徹底して2020年代の乾いた質感にチューニングされている。ここに、GörresとAilinの手癖がよく出ている。
聴きどころ3点
聴きどころ3点
- イントロのベースの前傾姿勢:スラップ/シンセベースの中間的な音色が、頭2小節で曲の温度を決める。ここが好きになれるかで、曲との相性が分かる。
- サビの「叫ばない」判断:フックで音圧を上げず、ベースとハイハットで押していく。Chloe Qishaのミッドレンジの生かし方が絶妙。
- アウトロの余白:曲が終わっても感情の答えが出ない。「彼女になりたいのか、彼女と居たいのか」の問いは、聴き手に手渡されて閉じる。
この曲はどう聴かれているか
ひとつの読みとして、『Baby Girl』は「金曜の夜、家を出る前」に効くように設計されている気がする。クラブに向かう地下鉄の中、あるいは化粧を直しながらの15分。これから始まる夜への予期と、ほんの少しの不安が混ざる時間帯。この曲のテンポと湿度は、その時間にぴったり寄り添う。
逆に、クラブの真ん中で爆音で流すと、この曲は少しもったいない。歌詞のニュアンス、ヴォーカルの引き加減、そのあたりの繊細さが、大音量だと飛んでいく。「フロアに向かう前」か「帰り道の電車」で真価が出る、そういう距離感の曲だと思う。
もちろんこれは一つの読みで、人によっては全然違う聴き方をしているはずだ。夏の運転中に効く、と言う人もいるだろうし、深夜のキッチンでひとりで踊る曲、という人もいるかもしれない。
『Fantasize』の中での位置づけ
『Baby Girl』はデビュー・ミックステープ『Fantasize』からの4曲目の先行公開だ。既発は「So Sad So Hot」「YDH」「Surprise Surprise」の3曲。この3曲を並べて聴くと、Chloe Qishaが「ダンスできる悲しさ」あるいは「ポップな内省」というレーンを一貫して掘っていることが分かる。
『Baby Girl』はその中で、最も「他者」を主題にした曲だ。「So Sad So Hot」が自己認識の曲、「YDH」「Surprise Surprise」が関係性の局面を切り取る曲だとすれば、『Baby Girl』は「他者への視線そのもの」を扱っている。ミックステープの中盤〜後半でこの曲が置かれるとしたら、感情のフォーカスが自分から外へ向く転換点になる可能性が高い。
10月30日のミックステープ本体を待って全体像を見たい。単曲としても強いが、Chloe Qishaは明らかに「アルバム的な聴き方」を想定している書き手だ。
クィアネスの扱いと、書き方の慎重さ
この曲を語る上で避けられない話がある。「彼女になりたいのか、彼女と居たいのか」というライン自体が、女性から女性への視線を扱っている。Chloe Qisha自身がこのテーマについて、憧れと欲望の境界線が曖昧だった10代の記憶に触れる形で語っている。
ただ、この曲はクィアネスを「主張」しない。ラベリングもしない。ただ「そういう瞬間があった」という記録として置く。この抑制のバランスが、いまのポップの感度に合っている気がする。過剰にアンセム化しない、でも見なかったことにもしない。Chloe Qishaの心理学的なバックグラウンドが、この距離感の取り方に効いている可能性はある。
ここは解釈が分かれる部分でもある。もっと踏み込んで欲しかったと感じるリスナーもいるだろうし、この曖昧さこそが90年代末〜2000年代生まれの実感だ、と感じる人もいるだろう。どちらの読みも、この曲は受け止められるだけの余白を持って作られている。
入門動線
まずこの作品から聴く
- Fantasize (Chloe Qisha) — 本曲を含むデビュー作
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入門動線
『Baby Girl』でChloe Qishaを気に入ったら、次に聴くべきは同じ『Fantasize』の先行曲So Sad So Hot🛒楽天。ファン人気の高い1曲で、彼女の「ダンスできる自己認識」というモードが最もはっきり出る。そこから10月30日発売のFantasize🛒楽天全体へ進むのが最短ルートだ。
音作りの近縁として、Dua Lipa『Future Nostalgia』、Troye Sivan『Something to Give Each Other』あたりを合わせて聴くと、GörresとAilinの手癖と、Chloe Qishaがそこに何を持ち込んでいるかがよく見える。とくにDua Lipaの一連の仕事は、Caroline Ailinの書き手としての引き出しを把握する意味で重要な補助線になる。
これからのChloe Qisha
ここまでのキャリアの動きは、率直に言って速い。2024年7月のデビュー・シングル、同年10月の初ライブ、2026年夏には主要フェス複数出演、10月にはミックステープ、Sony系レーベル配下。この2年で通常5〜7年かける道のりを走っている。
ただ、ペースの速さの割に、作品の質感は焦っていない。『Baby Girl』を含む先行曲群を並べて聴くと、彼女が「ヒットで殴りに行くフェーズ」ではなく、「作家性を確立するフェーズ」に時間を使っているのが分かる。この判断が数字に出るのは、たぶんミックステープ以降、ファースト・アルバムに向かうタイミングだろう。
もう一点、地味に重要な話をしておく。彼女がマレーシア出身であることは、いま西洋ポップの中で単純な「アジア系のフックがある新人」という文脈で消費される可能性がある。でも『Baby Girl』を聴くかぎり、彼女はその文脈を積極的に前面に出していない。使う音の語彙は、ロンドン/LAのメインストリーム・ポップそのものだ。「アジア出身」を売りにしない選択が、逆にキャリアの寿命を延ばす気がしている。
ここから1〜2年で、彼女がどのシーンの「隣人」として認識されていくのかは、まだ流動的だ。Griff、PinkPantheress、Olivia Deanあたりの、UKの新世代ポップ/R&B文脈に置かれるのか。あるいはTroye Sivan/Charli XCX的なグロス・ポップの並びに落ち着くのか。ミックステープ以降の動きで、この位置取りははっきりしていくはずだ。
マレーシアから来た、心理学を学んだ、遅れて音楽に落ちてきた書き手。その来歴が、単なるプロフィール上のフックではなく、実際に曲の設計に効いている。そう思わせてくれるのが『Baby Girl』の面白さだと感じている。10月30日、『Fantasize』が届いたときに、この読みがどれだけ当たっているかを答え合わせしたい。詳細はレーベルおよび本人の公式情報を参照してほしい。

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