山本彩”Don’t hold me back”を今聴き直す ダンスに踏み出した2021年の分岐点

夜のスタジオに置かれたマイクとダンスフロアの光の抽象イメージ 楽曲

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山本彩Don’t hold me back🛒楽天を、今もう一度、順番に聴いている。2021年8月25日にひっそり配信で出た一曲。この曲は”新境地の発表”ではなく、彼女が自分の中の”別の声”を初めて外に出した記録だ。当時はまだ、その意味がよくわからなかった。今、2023年の4thアルバム&を経由してから遡ると、この曲の役割が急にくっきり見えてくる。

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この曲の要点

  • 2021年8月25日に配信リリースされた山本彩のデジタルシングル。作詞・作曲は山本彩本人。
  • ジャンルはHip-Hop×Soulテイスト。ラップパートは弥之助(AFRO PARKER)、編曲は小名川高弘。
  • MVでは、山本彩のこれまで見せてこなかった本格的なダンスが披露された。
  • 2023年5月17日リリースの4thアルバム『&』に収録。シングル単体では音源のみの配信で、CD化はアルバムを待つ形になった。

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2021年8月、静かに配信された一曲

結論から言うと、この曲は当時「地味な配信リリース」に見えて、後から振り返ると彼女のキャリアの折り目になっている。2021年8月25日、山本彩は新曲「Don’t hold me back」を配信リリースし、同日20時に公式YouTubeでMVを公開した。派手なタイアップは伴わなかった。話題の中心は、曲そのものと、MVのダンスだった。

「Don’t hold me back」は山本彩自身が作詞作曲を手掛けるHip-Hop×Soulテイストの楽曲で、これまでの山本彩のイメージを覆す、ダンサブルな一曲だ。ラップパートはヒプノシスマイクなどへの楽曲提供で知られる弥之助(AFRO PARKER)が手掛け、編曲は山本彩のライブサポートでも活躍する小名川高弘が務めている。この布陣が、後から効いてくる。

当時のリード文をあらためて眺めると、「本格的なダンス」という言葉が繰り返し出てくる。MVでは、これまで見ることができなかった山本彩の本格的なダンスが披露された。ギター弾き語りのイメージが強い人ほど、この一行の意味は重い。

ギターを置いた、というより、ギターの隣に別の椅子を用意した

直接の答えを先に。この曲は「ギターを置いてダンスに転向した曲」ではない。ギターの隣に、もう一つの椅子を置いた曲だと思っている。ここが今なら言える補助線だ。

2021年当時、彼女のパブリックイメージはまだ強固だった。「山本彩」と言われて思い浮かべるのは、大半の人がギターを抱えて弾き語りをする姿。そのパブリックイメージは、NHK連続テレビ小説『あさが来た』主題歌「365日の紙飛行機」を代表とするNMB48時代からすでに確立されていた。ソロデビュー以降の初期シングルも、大枠ではJ-POP/J-ROCKの延長にあった。

そこにHip-Hop×Soul。しかも自作。しかも本格的なダンスMV。要素だけ並べると「唐突な方向転換」に見える。ただ、この曲を単体の”方向転換”として消費すると、たぶん本質を外す。彼女はギターを置いていない。α(2019年)で亀田誠治や小林武史、ACIDMANの大木伸夫といった書き手たちに囲まれてバンド/ロック側の”自分”を固めきったあとに、あえて別の”自分”を出したのがこの曲だった。ロック側の椅子はそのまま。もう一つの椅子を、そっと隣に置いた。そういう置き方をしている。

この読み方が有効だと感じるのは、次の2023年のアルバム『&』のタイトルそのものが、この読み方の答え合わせをしているからだ。&(アンド)。片方を選ぶのではなく、両方を持つ。

「弥之助を呼んだ」意味を、いま数えなおす

ラップパートに弥之助(AFRO PARKER)を招いた事実は、当時よりも今のほうが重く響く。ラップパートを手掛けるのはヒプノシスマイク等への楽曲提供で有名な弥之助(AFRO PARKER)という一文を、キャリアの文脈に置き直したい。

山本彩の作家性は”歌”と”メロディ”に軸がある。自分で書き、自分で歌う。そこに外部からラッパー/トラックメイカー的な文法を接続すると、普通は歌詞の座り方や母音の残り方が事故を起こす。だがこの曲は事故っていない。BPMは走らず、Aメロは低めのポジションでキープされ、サビでようやく声が浮上する。声の重心を下げて、そこにラップの発語をはめる設計になっている。イントロのシンセパッドの湿度感、キックとハイハットのバランス、ここが小名川高弘の編曲仕事なのだろう。派手さでなく、湿度で聴かせている。

もう一つ、今から見て面白いのは、”客演を呼ぶ側”に彼女が回ったこと。NMB時代からソロ初期まで、彼女は基本的に”招かれる側”だった。この曲では自作曲に外部ラッパーを迎える判断を、自分でしている。作家としての座り方が、静かに変わった一曲でもある。

作風の読みどころ:Hip-Hop×Soul、その”湿度”の意味

この曲のサウンドを一言で言うなら、”乾いていないHip-Hop”だ。J-POPが海外Hip-Hop的な要素を取り込むとき、往々にしてトラックはドライに振れる。この曲は逆をやっている。Soulのウォーム感を残したまま、Hip-Hopのグリッドで刻む。歌が”泣ける余白”を確保したままダンスできる。ここが自作で書ける人の強みだと思う。

個人的な聴取観察をひとつ。サビの入り方が、意外と”落とす”設計になっている。テンションを上げきらないまま拍を渡し、ラップに手渡す。ここが”ヒップホップの人が書いたヒップホップ”と”歌の人が書いたヒップホップ”の違いに見える。歌の人が書くと、サビは”抜く”方向にできる。抜くことで、次のブロックの余白が生まれる。

MVでダンスを見せた選択も、あとから読むと理にかなっている。この曲は”歌で殴る”タイプの曲ではない。身体で表現するための曲だ。彼女がステージで最も強く見える瞬間は、ギターを弾いているときと、あとひとつ——身体が音より一瞬先に動いているときだ、と個人的には思っている。

聴きどころ3点

  • ラップと歌の受け渡し。弥之助(AFRO PARKER)のラップパートと山本彩のボーカルが、対決ではなく”重ね”の関係で並ぶ。切り替わりの位置に注目したい。
  • 編曲の湿度。編曲は山本彩のライブサポートでも活躍する小名川高弘。Hip-Hopに寄せながらもドライになりきらない、彼のバランス感覚が全編に効いている。
  • サビの”抜き”。テンションを一段落とすことで生まれる余白。歌もので育った書き手だからできる設計になっている。

キャリアの中での位置:『α』と『&』のあいだにある一曲

結論だけ先に置く。この曲は&という次のアルバムの”種”になった一曲だ。単発の実験ではない。

2016年にソロデビューを果たし2枚のフルアルバムをリリースした山本彩が、NMB48卒業後初作品となる1stシングルをリリースした——というのが、ソロ第二章の入口だった。その延長線に、2019年の『α』がある。アルバム『α』(2019年)は全曲の作詞作曲を自身で手掛け、亀田誠治、小林武史、大木伸夫(ACIDMAN)ら豪華プロデューサーが参加したことも話題になった。ここまでは、いわば”ロック側の完成”だ。

そのあとに来たのが「Don’t hold me back」だった。そして2023年、山本彩は3年ぶりに自身4枚目となるオリジナルアルバム『&』を発売。前作『α』以降のシングル「ゼロ ユニバース」「ドラマチックに乾杯」の収録曲に加え、デジタルシングル「yonder」「Don’t hold me back」「あいまって。」、さらに未発売曲「ラメント」他、新曲「Bring it on」「劣等感」2曲含む全12曲を収録した

この収録リストが重要だ。ゼロ ユニバースやドラマチックに乾杯といったドラマ主題歌系の”表”の曲と、「Don’t hold me back」のようなHip-Hop寄りの”別軸”の曲が、同じ一枚に並ぶ。『&』は”表と裏”の二面性を表現するアルバムとして構想されており、新曲「劣等感」と「Bring it on」は「光と影」「陰と陽」といった対照的な楽曲として位置づけられた。この設計思想の先取りが、実は2021年の「Don’t hold me back」に既にあった、と読める。彼女は2年前から答えを配信していた。

聴かれ方の読み:”車で流したときに化ける”曲

この曲は、たぶん”移動中”に効く曲として設計されている気がする。イヤホンで正座して聴く曲ではなく、車のスピーカーで、あるいは歩きながら、身体を少し揺らして聴くと化ける。

理由はふたつある。ひとつは低域の設計。キックとベースの帯域が、部屋の小さいスピーカーだと少し痩せて聴こえる。車のドアスピーカーくらいの箱で鳴らすと、ちょうどよく膨らむ。もうひとつは、テンポと歩幅の相性。BPM設定が、早歩きよりわずかに遅い。夜、駅から家までの帰り道、少しだけ肩の力を抜きたいときの歩幅に合う。

これは統計で確かめた話ではなく、あくまで作風から引いた読みだ。ただ、ロック側の山本彩の曲が”立ち向かう時”の曲だとしたら、この曲は”力を抜いていい時”の曲として置かれている。そう考えると、2021年という時期に彼女がこの温度の曲を出した意味も、少し腑に落ちる。

今だから言える補助線:”自作”であることの重み

後追いで一番効いてくるのは、この曲が”自作”だという一点だ。「Don’t hold me back」は山本彩自身の作詞作曲による新曲。ヒップホップやソウルの要素を取り入れたダンサブルな楽曲となっている

アイドル出身のソロシンガーが”新機軸”の曲を出すとき、外部プロデューサーに丸投げされるケースは珍しくない。”作ってもらった別ジャンル”の曲。この曲はそうではない。彼女自身がHip-Hop×Soulのフォーマットを選び、書き、外部からラッパーを呼び、身体で表現するところまで含めて設計した。ここに”作家としてのソロアーティスト”という肩書きの実質が出ている。2019年の『α』は”書き手たちに囲まれた自分”の記録だった。2021年の「Don’t hold me back」は”書き手たちの外側に自分で椅子を運んで座った”記録に見える。

だから2年後の『&』が、あれだけスムーズに”表と裏”を一枚に収められた。地ならしは、この曲でとっくに終わっていた。

解釈が分かれる論点:”新境地”だったのか、”通過点”だったのか

この曲の位置づけは、聴き手によって割れる。当時から追ってきたファンには「新境地」と映る。彼女の作風変化として鮮烈に記憶されている一曲だ。一方で、『&』以降に遡って聴いた人にとっては「通過点」に聴こえるかもしれない。二面性を持つ書き手の、自然な二面性のうちの一面。

どちらの読みが正解、というものではないと思う。ただ、この曲を”通過点”として片づけると、ラッパーを自分で呼び、自分で書き、身体で見せるという当時の判断の重さが薄まる。逆に”新境地”としてだけ扱うと、この後の『&』への地続きが見えなくなる。両方の顔をもったまま、真ん中に置いておくのが、今のところ一番落ち着く読み方だと感じている。

あなたはどっち側で聴きましたか、と問いたくなる曲だ。当時のリアルタイムか、遡り組か。答えで、この曲の見え方が少し変わる。

入門動線

この曲から広げるなら、順路はシンプルだ。まず同じ2021〜2022年配信の周辺曲、たとえば「yonder」「あいまって。」を通して聴く。「yonder」は山形日産グループ 創業60周年記念アニメCMソング、「ゼロ ユニバース」はテレビ東京系ドラマ24「あのコの夢を見たんです。」エンディングテーマ、「ドラマチックに乾杯」は東海テレビ・フジテレビ系”オトナの土ドラマ”シリーズ「その女、ジルバ」主題歌。これらタイアップ曲と並べて聴くと、「Don’t hold me back」だけが持っている”温度差”がよくわかる。

そして仕上げに、これらの曲をひとつのパッケージにまとめた&を通しで聴く。この一枚は、彼女の”表と裏”を初めて同じテーブルに並べたアルバムで、「Don’t hold me back」が”種”だった話が耳で確認できる。逆順に聴くのも面白い。『&』→「Don’t hold me back」→『α』と遡ると、彼女の椅子がどう増えていったかが時系列で見える。

チャートと数字の外側で

この曲は配信のみでリリースされ、大きなチャート戦績で語られる種類の曲ではなかった。それでも今、キャリアの補助線としてこの曲を語りたくなるのは、順位の数字とは別のところに、確かに一本の線が引かれているからだ。

ソロデビューから数えて何年目、卒業から何年目、と数字で測ることはできる。ただ、その数字だけを見ていると、”椅子の増え方”は見えない。ロックの椅子、Soulの椅子、Hip-Hopの椅子。彼女が自分で運んで自分で並べた椅子の数を数えるほうが、たぶんこのアーティストの現在地を理解するには早い。「Don’t hold me back」は、2つ目の椅子が置かれた瞬間の記録だ。今なら、そう言い切れる気がする。

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  • & — この曲を含む2023年4thアルバム
  • α — 前段のロック側の到達点
  • ゼロ ユニバース — 同時期のドラマ主題歌側
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  • ドラマチックに乾杯 — "表"の顔を代表する一曲
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