2015年5月27日にリリースされた星野源の8thシングルSUN🛒楽天が、いま改めて聴き直されている。あの頃はまだ「ちょっと気の利いたポップスを書く、俳優もやる人」くらいの受け止め方をしていた人も少なくなかったと思う。自分もそうだった。ドラマ主題歌として耳に入ってきて、なんだか妙に晴れやかな曲だな、と。そのくらいの距離感。
ところが10年経ってから聴き直すと、この曲の輪郭が全然違って見える。『SUN』は、踊れる曲ではなく、踊っていられる時間そのものを引き延ばそうとした曲だ。ヒット曲としてではなく、その後の星野源が向かった場所への”最初の一歩”として、今の耳で辿り直したい。
この曲の要点
- 2015年5月27日、SPEEDSTAR RECORDSより発売された星野源の通算8枚目シングル。
- フジテレビ系水10ドラマ『心がポキっとね』主題歌で、星野にとってキャリア初の連続ドラマ主題歌。
- 2015年12月2日発売の4thアルバムYELLOW DANCER🛒楽天に収録。
- マイケル・ジャクソンへのオマージュを込めた楽曲で、”Hey J”の呼びかけがそれを示す。
- ハマ・オカモト(OKAMOTO’S)がベースで参加している。
今こそ言える「屈折点の曲」だという話
もう一つ、当時は指摘されにくかった話がある。『SUN』はドラマ主題歌としてヒットしたことで、タイアップの成功例として語られやすかった。でも実際にこの曲がやったのは、タイアップの成功以上に、星野源が今後どういう音楽で勝負するかの宣言だ。宣言は静かだった。派手な語り口ではなく、曲そのもので、自分はここに立つと示した。10年経って、その立ち位置は動いていない。むしろ深くなっている。
『SUN』はキャリアの屈折点だった。当時は「ヒットしたドラマ主題歌」の一つとして受け止められがちだったが、いまの位置から振り返ると、ここで星野源のポップス観が明確に切り替わっている。
2013年に星野はくも膜下出血で長期療養に入り、翌年復帰した。復帰後の7thシングル『Crazy Crazy/桜の森』ですでにブラック・ミュージック志向は表面化していたのだけど、『SUN』はそれをJ-POPの中央線に押し出した最初の作品だ。本人がラジオで語った通り、”『桜の森』でやったことをJ-POPとしてもっと突き詰めたい”という助走の到達点だった、と受け取れる。
ここが屈折点だと言えるのは、この後にリリースされた『恋』(2016)『Family Song』(2017)『アイデア』(2018)『不思議』(2020)まで含めて聴いた耳で、『SUN』の音を並べ直してみるとよくわかる。ダンサブルで、和音の運びが親しみやすくて、ストリングスが鳴っていて、けれどビートの重心はきちんとブラック・ミュージックにある。あの一連の”星野源のポップス”は、全部この曲の血縁だ。10年前は「え、こういう路線に来るの?」だったのが、今は「ここから全部が伸びてる」と言える。時間軸が視点を変える。
マイケル・ジャクソンへの呼びかけ、その現在地
『SUN』のマイケル要素は、単なるオマージュを越えて翻訳の仕事に近い。オマージュはあの音を引用すること。翻訳はあの音楽が日本語のポップスとして成立する経路を作ること。星野は後者をやった。ここが決定的だ。
『SUN』にはマイケル・ジャクソンへの敬意が明確に込められている。歌詞中の”Hey J”という呼びかけ、イントロのギターカッティングの質感、ストリングスとリズム隊の関係性、これらは『Off The Wall』期のマイケルとクインシー・ジョーンズの仕事を強く想起させる。星野本人もインタビューで、少年時代マイケルのダンスを真似ていたこと、病からの復帰の時期にブラック・ミュージックが自分を救ったことを語っている。
ここで補助線を1本。2015年当時、日本のメインストリームで「マイケルへのオマージュ」を真正面から掲げたJ-POPシングルはそう多くなかった。オマージュというより「引用」で消費されがちだった。『SUN』はそこを、引用ではなく作法の継承としてやり切っている。ギターのカッティング、ホーンの入り方、コード進行の切り替わりのタイミング。要素を並べて似せるのではなく、”あの音楽の身体の動かし方”をこちら側に持ち込んでいる。この徹底ぶりは今聴いたほうがむしろよく効く。
2020年代に入ってから、日本の若い作り手にもマイケル的なグルーヴを消化した曲が明らかに増えた。その系譜の入口の一本が『SUN』だった、と後から言える。当時は”星野源のヒット”としてしか語られなかったこの曲が、今は日本のポップスの補助線として機能している。個人的な話をすると、ここ数年に出てくる若手の踊れるポップスを聴くたび、『SUN』のイントロが頭をよぎることがある。血縁は続いている。
ドラマ主題歌としての設計思想
『SUN』はフジテレビ系水10ドラマ『心がポキっとね』の主題歌として書き下ろされた。星野にとってこれがキャリア初の連続ドラマ主題歌だった。この事実は当時よりも今のほうが重い。連ドラ主題歌という枠は、毎週決まった時間に、決まった尺で、決まった感情の落とし所として鳴る音楽だ。書き手側にとってはかなり厳しい制約で、その制約を”自分の音楽の外形”のまま突破できるかは別の力量が要る。
星野は台本を読み込んで書いたと本人が語っている。ドラマの内容、壊れそうになりながらも生きる人々、を受けて、”すべてを忘れて楽しく踊りまくる姿”をイメージした、と。ここで大事なのは、「明るい曲を書く」のではなく「暗さの中で踊る曲を書く」ことに設計を寄せている点だ。この設計思想は、その後の『恋』でも『アイデア』でも一貫している。楽しい話をポップにする、のではない。前提として暗さがあって、それでも踊る、という順番。
だからこの曲は、”祝祭の曲”ではなく”祝祭を延長するための曲”として設計されている、と言ったほうが近い気がする。夏の午後に鳴っているというより、夏の夕方の少し疲れた時間に、それでもう一度立ち上がるための曲。10年経って、聴かれる時間帯がだんだんそっちにずれてきた気がする。もちろん明るい曲ではあるのだけど、明るい”だけ”の曲では、こんな長い呼吸で愛され続けない。
プロダクションの読み ベース、ストリングス、余白
ヒット曲のプロダクションを後から分析するとき、派手な要素に耳が行きがちだ。『SUN』の場合、派手なのはストリングスとホーンの絡み。でも本当に効いているのは目立たないベースとリズムの床。ここを聴き分けられると、この曲の作りの綺麗さが見えてくる。
音の話をする。ベースはハマ・オカモト(OKAMOTO’S)。復帰後の星野作品でハマのベースがどれだけ効いているかは、いま並べて聴くとよくわかる。『SUN』のベースラインは、単に跳ねるだけでなく、コードの下でリズムの重心をずらす仕事をしている。フレーズを聴くのではなく、フレーズが動いた後の”床の傾き”を聴くとよい。ここが揺れているから、上物のギターとホーンが軽やかに乗れる。ダンスミュージックはベースの床が全てだ、というのを地味に証明している一曲。
ストリングスの入り方もいい。フィリー・ソウルの流れを汲む朗々とした鳴りで、これがJ-POPの歌メロと接続する時のフィット感が絶妙。普通ならくどくなるところを、あくまで”曲を押し上げる”側で使っている。ここも本人の言う「70年代末〜80年代のダンスミュージックをしっかりJ-POPにする」という設計の実装部分。
それから、意外と語られないけど”余白”の使い方。『SUN』はビートも上物も詰まっているのに、聴いた後の印象が不思議と軽い。詰め込みすぎていない。ミックスの中に呼吸できる隙間が残されている。この余白は『恋』以降さらに研ぎ澄まされていくのだけど、その最初の設計がここにある。密度を上げるほど余白を意識する、というのは職人の仕事だ。
ボーカルの録り方も特徴的で、力まない。歌い上げない。ダンスミュージックのボーカルとしては珍しく、あくまで会話に近い距離で歌っている。ここが実はJ-POPとしての強度に効いている。ヒット曲は大抵、歌の距離が近い。技巧を見せるのではなく、耳元で話しかけるように歌う。この距離感は、初期の弾き語り作品からの延長線でもあって、ダンスミュージックにいっても歌の距離は変えないという星野の一貫性を示している。
聴きどころ3点
- イントロのギターカッティング、マイケルの『Rock With You』を想起させる質感で、ここで曲の”身体の動かし方”が宣言される。
- ハマ・オカモトのベースが作るリズムの重心、上物ではなく床を聴くと曲の骨格が見える。
- ストリングスの入りとホーンの抜け、J-POPの歌メロと70年代ダンスミュージックの噛み合わせが最も鮮やかに立ち上がる箇所。
『YELLOW DANCER』というアルバムの中での位置
『SUN』は同年12月2日発売の4thアルバムYELLOW DANCER🛒楽天に収録された。この並びは今から見ると意味深い。『YELLOW DANCER』は星野源が”日本人がやるブラック・ミュージック/ダンスミュージック”を一枚のアルバムとして提示した宣言的な作品で、『SUN』はその中で最もキャッチーな入り口として機能している。
アルバム単位で並べて聴くと、『SUN』は”目立つ看板曲”というより、アルバム全体の設計図の縮図みたいな存在だ。ここに詰まっている要素、ファンクのビート、ソウルのコード進行、J-POPの歌メロ、ドラマ主題歌としての普遍性、が、他の曲では別の比率で展開されていく。『時よ』『Week End』『地獄でなぜ悪い』を『SUN』の視点から聴き直すと、それぞれの立ち位置が急に整理される。
だから『YELLOW DANCER』は、『SUN』のヒットに引きずられて作られたアルバムではなくて、『SUN』の設計思想を全曲でやり直したアルバム、と言うほうが正しい。順序が逆に見えていた、というのが後追いで発見できる面白さだ。
『恋』の前夜としての『SUN』
2016年、TBS系ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』の主題歌『恋』が社会現象化する。この一年前に『SUN』があった、という事実は、時系列で並べるとほとんど”必然”に見える。
『SUN』でドラマ主題歌としての勝ち筋、暗さを前提にした踊れる曲、を掴み、『YELLOW DANCER』で音楽的な地盤を固め、その翌年に『恋』が来る。この流れは偶然の連鎖ではなく、明らかに『SUN』で得た手応えを『恋』で更新している。『恋』の方が有名になったから『SUN』が霞むのではなく、『SUN』があったから『恋』の設計に迷いがなかった、と読める。
後追いで聴くとき、時系列を逆に辿るのは有効だ。『不思議』→『アイデア』→『Family Song』→『恋』→『SUN』の順で聴いてみると、星野源のポップスがどこから来たかがくっきり見える。そう。『SUN』は源流だ。
付け加えると、『SUN』以降の星野源はドラマ主題歌・映画主題歌の仕事が続く。『恋』(TBS『逃げるは恥だが役に立つ』2016)、『Family Song』(日本テレビ『過保護のカホコ』2017)、『アイデア』(NHK連続テレビ小説『半分、青い。』2018)。これらは全部、物語の外側に鳴りながら物語の内側の感情を裏で支える曲だ。『SUN』でその設計を掴んだ後、条件が変わっても勝ち続けている。10年間、この職人性が落ちていないのは地味にすごい。
この曲が実際にどう聴かれているか
『SUN』は”朝の曲”としてより、”夕方から夜への切り替わりの曲”として効くように設計されている気がする。明るいテンポの曲は普通、朝や日中に強い。でもこの曲は、疲れが出始めた夕方に鳴らすと輪郭が変わる。祝祭の曲というより、”祝祭を延長するための曲”だと書いたのはそういう意味で、実生活の中でこの曲が助けてくれるのは、多分、しんどい時間帯のほうだ。
10年前は「夏のポップス」として受け止めていた人も、今聴いてみると意外と季節を選ばない曲だと気づく。冬の夕方、車で家に帰る道でかけると、ちゃんと効く。この”季節から少し外れて生き延びる”感じは、書かれた時点で意図されていたわけではなくても、結果として時間に強い曲になった、ということだと思う。
入門動線
『SUN』から次に聴くなら、同じアルバム『YELLOW DANCER』収録の『時よ』。ミッドテンポで、『SUN』とは違う角度でブラック・ミュージックのグルーヴをJ-POPに落とし込んでいる。アルバム丸ごとなら『YELLOW DANCER』を通しで。『SUN』が”入り口”として機能する設計になっているのがよくわかる。
コード進行と歌メロの噛み合わせ
『SUN』の作曲面で見逃されがちなのが、コード進行と歌メロの関係だ。ダンスミュージックとしてのグルーヴは、往々にしてコード進行を単純化しがちだけれど、この曲はそこを譲らない。ソウルやディスコの気配を残した進行の上に、J-POP的な歌メロが乗っている。相反する要素が並列で走っていて、それがぶつからずに解決している。
Aメロからサビへの持っていき方も丁寧で、無理に転調で押し上げるのではなく、リズムのテクスチャを変えることで景色を切り替えている。これはブラック・ミュージックの語彙だ。転調でエモを稼ぐJ-POPと、リズムで景色を変えるブラック・ミュージック。その両方を同じ尺の中で成立させている。
10年前は「明るくてキャッチーな曲」で処理していた部分が、いま譜面レベルで追いかけると全然そうじゃない。作曲家としての星野源の技術がこの曲でどこまで到達していたかは、後追いで聴くほど見えてくる。ヒットしたから技術が語られない、という不思議な現象がここで起きている。
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いま『SUN』を語ることの意味
『SUN』は星野源のキャリアの中で、”あの曲は普通に良かったよね”の位置に置かれがちだ。ヒットしたし、ドラマの主題歌だったし、みんな知っている。だからこそ、掘られない。掘らなくても消費できる曲は、掘る動機が生まれない。
でも10年経った耳で聴き直すと、この曲は星野源のポップス観が確立された瞬間を封じ込めたタイムカプセルみたいなものだ。『恋』でも『不思議』でもなく、『SUN』を最初のポイントとして置き直すと、星野源というアーティストの見え方が変わる。これは”当時のヒット曲”ではなく、”これから何度も戻る場所”としての曲になっている。
もう一つ、これは自分の解釈で、意見が分かれるところだと思う。『SUN』の”明るさ”は、病からの復帰という個人史と切り離して聴くこともできる。むしろ切り離した方が、曲そのものの強度が測れる。個人史をロマンチックに背負わせすぎない聴き方、ここは読み手の側で試してほしい。あなたにとっての『SUN』は、どの時間帯に、どんな体調で鳴ったときが一番効いたか。10年前と今で、その答えが変わっているかもしれない。
まずこの作品から聴く
- YELLOW DANCER — SUNの設計思想を全曲で拡張した4thアルバム
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