山本彩「feel the night」を今聴き直す 卒業後の夜が示した音の方角

深夜のネオンが滲む都市の路上と、遠くで揺れる街灯の光を抽象化したイメージ 楽曲

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山本彩の「feel the night feat. Kai Takahashi (LUCKY TAPES)🛒楽天」を、いま改めて聴き直している。2019年の曲だ。当時は「グループ卒業後の意欲作アルバムに入っている、ちょっとオシャレなR&B曲」くらいの温度で受け取っていた人も多かったと思う。自分もそうだった。ただ、2024年に彼女がホールツアーを回り、アジア3都市を経由するようになった今、この一曲の位置づけがずいぶん違って見える。この曲は、山本彩が「歌える人」から「音を選ぶ人」へと軸足を移した夜の記録として、いまも静かに機能している。

後追いで振り返るからこそ、見える線がある。当時のインタビューやプロモーションが強調していたのは「豪華プロデューサー陣を迎えたシンガーソングライター的挑戦」という枠組みだった。それは間違っていない。ただ、その枠だけで語ると、この曲の本当の意味はこぼれ落ちる。ここで話したいのは、そのこぼれた部分だ。

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この曲の要点

  • 正式タイトルは「feel the night feat. Kai Takahashi (LUCKY TAPES)」。山本彩と高橋海(LUCKY TAPES)のデュエット曲で、サウンドプロデュースは高橋海。
  • 2019年、J-WAVEとGYAO!のコラボ番組「GYAO! CLUB INTIMATE」のエンディングテーマとして山本彩が書き下ろした。
  • 3rdアルバム『α』(2019年12月25日/ユニバーサルシグマ)に収録。全曲、山本彩の作詞作曲。
  • 2020年8月26日には、アルバム収録の「stay free」との2枚組7インチアナログとしてリリース。A面リミックスはMURO。
  • アナログ盤のマスタリング/カッティングは、カニエ・ウェストやジェイムス・ブレイク作品も手がけたMatt Colton。

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2019年、あの時この曲はどこにあったのか

まず事実の整理から。『α』は2019年12月25日、ユニバーサルシグマからの発売。山本彩がNMB48を2018年11月に卒業し、翌2019年にソロ活動を本格的に始めてから初めて出した、いわゆる「独立後の意思表示」的なアルバムだった。

収録曲のプロデューサー陣を並べると異様な密度になる。亀田誠治、小林武史、大木伸夫(ACIDMAN)、根岸孝旨、Mori Zentaro、トオミヨウ、小名川高弘、そして高橋海。全曲、作詞作曲は山本本人。つまり「歌詞とメロディは全部私が書く。ただし音の景色は、その曲に一番似合う人に任せる」という設計だ。この設計思想を、当時の私はやや理解し損ねていた。豪華な名前が並んでいるとどうしても「箔付け」に見えてしまうからだ。

いま並べ直すとよく分かる。1stシングル「イチリンソウ」(亀田誠治プロデュース)、2ndシングル「棘」(根岸孝旨プロデュース)、3rdシングル「追憶の光」(小林武史プロデュース)、そしてACIDMAN大木伸夫プロデュースの「TRUE BLUE」、SIRUPの仕事で知られるMori Zentaroの「Homeward」、トオミヨウの「Larimar」。ロック、フォーク、ミディアム、シティポップ隣接のR&B。この振れ幅の中で、「feel the night」だけがはっきり夜側に立っている。

もうひとつ触れておきたい経緯。この曲はJ-WAVEとGYAO!のコラボ音楽番組「GYAO! CLUB INTIMATE」のエンディングテーマとして書き下ろされたもので、初オンエアは2019年8月9日23時。番組内で山本と高橋は同年8月中の3週にわたって共演している。つまり、この曲は「アルバムの一曲」として世に出る前に、ラジオという夜の媒介を通して先に配布されていた。夜の番組のED、というのは効いている。

高橋海という選択がしていたこと

結論から書く。この曲で山本彩が高橋海を選んだのは、「うまく歌える人」を守るためではなく、「歌の重心を少し前にずらす」ためだ。

山本彩の声は、腹から出る太さと、それを制御する筋力で持っている。ロック曲でギターに負けないし、バラードでは音量ではなく密度で聴かせられる。この強さは、しばしば「熱唱」の方向に引っ張られやすい。「棘」のようなラウド寄りの曲だと、それが正解になる。

ところが「feel the night」の高橋海のトラックは、その筋力を意図的に使わせない設計になっている。イントロで置かれるエレピの跳ね方、ベースの遅れて着地するグルーヴ、ドラムのハットが刻む2の裏の重み。90年代のアシッドジャズを彷彿とさせる、と公式ディスコグラフィのライナーにも記述がある通りで、この上で「大きく歌う」と全部台無しになる。だから彼女は、抜く。息を混ぜて、譜割りを少し後ろに落として、高橋海の少しウィスパー気味の声とちょうど同じ位置に自分を置く。

結果として、この曲の山本彩は「うまい」を封印している。うまさを封印して、しかしうまい人だけができる制御で歌っている。この矛盾が、この曲の色気の正体だ。

後追いで見える線 ― その後の彼女とこの曲の関係

2019年時点では、この曲は「アルバム『α』の中でも人気の高いアーバン〜R&B曲のひとつ」だった。J-WAVE「TOKIO HOT 100」で2週連続3位を獲得したことも記録されている。そこまでは、当時の資料が語る通り。

面白いのはここから先だ。2020年8月に、アルバム収録から半年以上経ってから、この曲は「stay free」との2枚組7インチとして再パッケージされる。A面リミックスはヒップホップDJのMURO、B面「stay free」のリミックスはtofubeats、そしてマスタリングとカッティングはカニエ・ウェストやジェイムス・ブレイクを手がけたMatt Colton。この座組は明らかに、アイドル出身ソロシンガーの通常導線ではない。DJカルチャーとクラブミュージックの文脈に、静かに接続する仕事だ。

この動きが何を意味していたかは、後になって分かる。2024年、彼女は「Sayaka Yamamoto Hall Tour 2024 -RGB-」を東阪で行い、その後アジア3都市を回る海外ツアーも実施している。国内アイドル文脈からの卒業組が、アジア圏の音楽リスナーに向けて自分の音を持って行くとき、必要になるのは「歌唱力の強さ」ではない。どの音の文脈に自分を置くのかという、選曲家としての判断だ。

その判断の最初の可視化が、いま思うと「feel the night」だった。ロックもフォークもバラードもR&Bも全部歌える人が、あえて夜のグルーヴの中に自分を置き、しかもフィーチャリング相手に主導権の半分を渡す。この身振りが2019年の時点で成立していたことは、その後の展開を知ってから振り返ると、けっこう大きい。

この曲の聴かれ方について

ひとつ、静かに置いておきたい観察がある。この曲は「金曜の深夜、家に帰る道すがら」に効くように設計されている気がする。BPMは走るには遅く、眠るには覚めている、あの独特の中間。都会の夜の、疲れているけどまだ人でいたい時間帯。

元がラジオ番組のEDだったことを思うと、これは偶然ではないのだろう。番組が終わって、CMに落ちる前の数十秒。あの余韻の匂いが、曲全体に染みている。だから、集中して聴くよりも、何かをしながら聴く方が輪郭が増える曲だと思う。皿を洗いながら、シャワーを浴びながら、コンビニから帰る五分間。そういう時間に置くと、化ける。

ファンの方には言うまでもないだろうが、この曲を「アルバム『α』の中の一曲」として通しで聴くのと、7インチで単独で針を落として聴くのとでは、聴こえ方がちがう。単独になった瞬間、この曲は「山本彩の一曲」というより「2019年の東京の夜に置かれた一曲」になる。そこがこの曲の芯だと思う。

『α』というアルバムの中での位置

アルバム『α』は、タイトルに「最初」「未知数」の意味が込められ、キービジュアルは全てロンドンで撮影された。「最初」と「未知数」を掲げるアルバムが12曲並んでいるとき、その中で「feel the night」がどの席に座っているか。

亀田誠治「イチリンソウ」が名刺で、小林武史「追憶の光」がバラードの矜持で、根岸孝旨「棘」がロックの牙で、大木伸夫「TRUE BLUE」が疾走の芯だとすれば、「feel the night」は夜と余白の担当だ。アルバム全体が「私はこれだけの音の景色を持っている」という自己紹介だとして、この曲だけが「そして私はこういう景色にも入っていける」という、少し先の話をしている。

個人的な話をすると、リリース当時にアルバムを通して聴いたとき、私はこの曲を「オシャレ枠」として軽く流していた。強い曲、というつくりではないから当たり前だ。ただ何年か経って、彼女がホールツアーで海外まで足を伸ばすようになってから改めて針を落とすと、この曲だけが妙にまっすぐ立っている。他の曲は「山本彩が挑戦した」曲で、この曲だけが「山本彩が置いた」曲だ、と言えばいいだろうか。

聴きどころとして残しておきたい細部

聴きどころ3点

  • 抜きの歌唱制御。山本彩が普段見せる腹式の押し出しではなく、息を混ぜた前寄りの発声。うまい人が「うまさを見せない」ためにする筋力のかけ方が、Aメロで特にはっきり出ている。
  • 高橋海の声との距離設計。デュエットなのにハモらない場面が多く、ユニゾンでもない。同じ小節に別々にいるような、あの絶妙な離れ方がこの曲の色気の芯。
  • キーボードの余白。エレピのコード感が要所で意図的に抜けていて、ベースとドラムだけになる瞬間がある。そこに歌の息継ぎがきれいに乗るように書かれていて、作詞作曲を山本本人がやっている効果が一番出ているのはこの部分だと思う。

NMB48からの距離、その正しい測り方

ここは書くのに少し慎重になる部分だ。「アイドル出身が大人な音楽をやった」という語り口は、いま聴くと雑すぎる。実際、そういう距離の測り方自体がこの曲の設計から外れている。

山本彩は2010年結成のNMB48に1期生として加入し、キャプテンを務め、AKB48の選抜メンバーとしても活動した。ソロデビューは2016年のアルバム『Rainbow』、翌2017年に2ndの『identity』。2018年11月にNMB48を卒業して、2019年に本格的なソロ稼働に入り、4月にユニバーサルシグマ移籍第1弾シングル「イチリンソウ」をリリースしている。この時系列だけ並べても、彼女がグループ在籍中からすでにアルバム単位で自作曲を出していた事実が浮かぶ。つまり「卒業して大人になった」ではなく、「卒業前から積んでいた自作の筋力を、卒業後にどう配置しなおすか」の話だった。

この配置しなおしの結果が、9人のプロデューサーが並ぶアルバム『α』の設計だ。ここで彼女がやっているのは、「自分の曲を、自分より音を知っている人に渡して、返ってきた景色に自分の声を置く」というやり方だ。SSWとしてのプライドの持ち方が独特で、「全部自分でやる」でも「全部お任せ」でもない。作詞作曲は死守、編曲は最適解に譲るという線引き。これがブレなかったから、9人並べても散らかっていない。

「feel the night」で高橋海に譲ったのは、編曲だけではなくボーカルの半分だった。これは9曲の中でもかなり踏み込んだ譲り方で、そこにこの曲の特別さがある。全部自分で歌える人が、あえて半分を渡す。渡した相手のトラックに合わせて、自分の歌い方を丸ごと組み替える。この身振りは、キャプテンとしてグループを回してきた人だから自然にできる、と言えばそう読めるし、逆に「あのポジションからよく降りられたな」とも言える。どちらとも取れる余白が、この曲にはある。

アシッドジャズ再解釈という補助線

もうひとつ引いておきたい補助線がある。この曲のサウンドが参照している90年代のアシッドジャズ、その日本での再解釈の系譜の中に、この曲を置いてみるという読み方だ。

LUCKY TAPES自体がその文脈にいるバンドだから、高橋海がプロデュースする時点でこの座標は自明ではある。ただ、面白いのはリミキサーの人選だ。A面リミックスを担当したMUROは、日本のヒップホップ/DJシーンで長いキャリアを持つレジェンドで、彼のKG Remixが加わることで、この曲は「バンドマンが作ったR&B曲」から「クラブのフロアにも置ける一枚」に変換される。B面リミックスのtofubeatsは、また別のポップスとクラブの接続を担ってきた作家だ。

この二人を並べる、しかもアナログでマスタリングはMatt Colton。この座組から透けるのは、山本彩サイドが「この曲は歌モノとしてだけでなく、トラックとしても流通させる」という判断をしていた、という事実だ。歌手のシングルカットで、ここまで「音そのものの流通経路」を意識したパッケージはあまり見ない。しかも大ヒット狙いのプロモではなく、7インチ、完全生産限定、という静かな出し方で。

これは結果として、この曲の寿命を延ばしたと思う。派手なタイアップで一瞬燃えて終わる曲ではなく、DJがふとバッグから取り出して針を落とす、そういう寿命の設計。2019年の曲が2020年に7インチになり、2020年代半ばの現在も違和感なく聴ける理由は、ここにある。時代性の強い曲ではなく、音の座標が明確な曲だから、時代が変わっても座標だけは動かない。

もう一度、後追いだから言えること

「feel the night」は、山本彩のキャリアで一番売れた曲でもなければ、一番語られた曲でもない。ただ、彼女がその後どこへ行こうとしていたかを、一番静かに予告していた曲だと思う。ロックの強さでもバラードの矜持でもなく、「音の選び方でしか出せない色気」があることを、この曲は先に見せていた。

2019年当時、これを「大人っぽくなったね」で受け止めた自分の耳を、いまはちょっと恥じている。大人っぽさの話ではなかった。これは、彼女が自分の声を道具として相対化できるようになった証拠だった。そう読むと、その後の海外ツアーもホールツアーも、この一曲から自然に伸びている一本の線に見えてくる。

もちろん、こういう読み方は後知恵だ。当時のリスナーが感じていた「なんかいい曲」の直感の方が、たぶん正しい。ただ後知恵にも意味はあって、その直感が何を掴んでいたのかを、いま言葉にしておける。それだけの話。

入門動線

この曲から次に聴くなら、まずは同じ7インチのB面「stay free」。アルバム『α』の中でも「feel the night」と並んで人気の高い一曲で、tofubeatsリミックスまで含めて聴くと、山本彩がクラブ/DJカルチャー側の文脈にどう接続していったかがよく分かる。もう一枚踏み込むなら、アルバム『α』を通しで。全12曲を並べたときに初めて、「feel the night」がなぜあの位置に置かれたのかが立体的に見えてくる。ロックの「棘」、バラードの「追憶の光」との落差を体で通した上でこの曲に戻ると、たぶん、最初とは違って聴こえる。

最後に、ひとつだけ問いを残しておく。この曲を「山本彩の代表曲」と呼ぶ人はたぶん少ない。ただ、あなたが山本彩の音楽を誰かに紹介するとして、その人が「歌のうまい人でしょ」という先入観で来たとしたら、最初に聴かせるべき一曲はどれだろう。私はこの曲だと思っている。あなたはどうですか。

まずこの作品から聴く

  • α — 9人のプロデューサー参加の全曲書き下ろし
  • stay free — 7インチB面の対の一曲
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  • 追憶の光 — 小林武史プロデュースの代表曲
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  • — ラウド側の振れ幅を示す一曲
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