星野源”Same Thing”を今こそ読み直す 燃え尽きの先に置かれた補助線

夜の窓辺に置かれた古いラジオと、そこから流れ出る光の粒子が揺れているような抽象的な音のイメージ 楽曲

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星野源の「Same Thing (feat. Superorganism)」を、いま2020年代半ばの位置から聴き直すと、面白いことが起こる。6年前のあの配信EPが「その後の星野源」を予告していたことに、ようやく気づく。当時は「コラボ解禁」の派手さに目を奪われがちだったが、あの曲が本当に手渡していたのは、独りで完結してきた作家が「同じ場所にいる」と誰かに言うための、静かな翻訳だった。

Same Thingは、独奏を極めた作家が「合奏の呼吸」を覚え直した記録だ。

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この曲の要点

  • Same Thing (feat. Superorganism)🛒楽天は星野源が2019年10月14日に配信リリースしたEPSame Thing🛒楽天の表題曲。
  • ロンドン拠点の8人組多国籍バンドSuperorganismとの共作で、全編英語詞。
  • 同EPには「さらしもの (feat. PUNPEE)」、Tom Mischが共同プロデュースで参加した「Ain’t Nobody Know」、弾き語り「私」の全4曲を収録。
  • 前作アルバム『POP VIRUS』(2018年)から約10ヶ月ぶりのリリースで、星野源にとって初めて他アーティストとの本格コラボを打ち出した作品。
  • Apple Musicの「Beats 1」ではDJのZane Lowe(ゼイン・ロウ)が星野を”Japanese superstar”と紹介した。

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今こそ言える、この曲が置いた「補助線」

いま振り返って一番腑に落ちるのは、Same Thingが「共作の入口」ではなく「一人称の解体」だったという読みだ。前作『POP VIRUS』が国内のみで50万ユニット以上を売り上げた大ヒットとなり、そのドーム・ツアー後に燃え尽き症候群のような状態を経験したことは、いま公開されているインタビューでも本人が繰り返し語っている。そこから10ヶ月足らずで、方向転換のサインとして「Same Thing」が置かれた。当時これを「海外志向の宣言」と読んだメディアは多い。でも、6年経った視点から見ると、これは外向きの旗ではなく、内向きの補助線だ。

それまでの星野源は、作詞・作曲・編曲・サウンドプロデュースをひとりで担ってきた作家だった。「恋」も「アイデア」も、あの精緻な多幸感は一人称の設計から生まれていた。Same Thingで彼が試したのは、その一人称を一度ほどいて、他人の耳を通したときに自分の音がどう聞こえるかを確かめる作業だったと思う。だからタイトルが「Same Thing」なのはよくできている。違う文化圏の8人組と、同じ場所に立てるかどうか。同じものを見ていると言えるかどうか。

この補助線が引かれたことで、その後の「創造」「不思議」「喜劇」まで一本の線が通る。2020年以降の星野源が、ソロ作家の顔と共作者の顔を自在に切り替えるようになったのは、この1曲で「一人称を手放しても自分の音は残る」と確認できたからだ。当時は派手なフィーチャリングEPに見えた。今は、静かな確認作業に見える。

基本情報を、いまの位置から読み直す

EP『Same Thing』は2019年10月14日にダウンロードで配信を開始し、Apple Music、iTunes Storeをはじめ各配信サイトのアルバムランキングで1位を獲得した情報公開からリリースまで10日、配信のみというスピード感も異例だった。この「10日で出す」姿勢は、当時こそサプライズリリースの流行として語られたが、いま見ると、燃え尽きた後の作家が「もう完璧主義で自分を縛らない」と宣言する所作だったように読める。

収録は4曲。「Same Thing (feat. Superorganism)」、「さらしもの (feat. PUNPEE)」、Tom Mischが共同プロデュースで参加した「Ain’t Nobody Know」、そしてギターと声のみで構成された「私」。この曲順は今聴くと明らかに設計されている。合奏で開き、ラップで身を晒し、共同プロデュースで自分の輪郭を薄め、最後に一人に戻る。EP全体が「一人称の解体と再構築」の物語で、表題曲はその入口に置かれている。

ちなみにSuperorganismは、当時ロンドンで活動していた多国籍バンドで、日本人ヴォーカリストのOrono Nogutiを擁する。星野源がSame Thingで英語詞を選び、しかも自分のペースではなく彼女たちのアナーキーなポップ・センスに寄せた理由も、いま思えばはっきりしている。「日本語で完璧に組み立てられた恋」ではない場所で、自分の声がどう響くかを聴きたかったのだ。

サウンドの読みどころ 音を薄くする勇気

プロダクション面で、Same Thingが「今こそ効く」理由をひとつ挙げるなら、音数の少なさだ。POP VIRUSまでの星野源のトラックは、細部まで詰まった多層のグルーヴが売りだった。ホーン、ストリングス、コーラス、鍵盤のレイヤー。それが快感の源だった。Same Thingは違う。イントロの空気感、キックとベースの立ち方、コーラスワークの抜け。Superorganism側の美学が反映されているのは間違いないが、星野源がそれを迎え入れる選択をしたことが大きい。

特に印象的なのは、ヴォーカルの処理だ。星野源のヴォーカルはこれまで、日本語の子音の粒立ちで勝負してきた作家だ。それを英語詞で、しかも他のメンバーの声と重なる位置に置いた瞬間、これまでの「フロントで完璧に立つ声」ではなくなる。声の輪郭がわずかに滲む。この滲みこそが、その後の「創造」や「不思議」で聴ける、余白を持った歌い方に繋がっている、と思っている。

比較で言えば、同じEPの「私」がこの読みを裏付ける。ギターと歌のみのパーソナルなムードは、ゲストたちとの共同作業から生まれ複数の声が聴こえてくる3曲とは対照的で、そこで歌われるのは「希望」だが、強い言葉づかいに心臓がひゅっと冷える。表題曲で自分の輪郭を意図的に薄めたからこそ、最後の「私」の輪郭が濃く見える。EP全体が「薄める→濃く戻す」というダイナミクスで設計されている。

聴きどころ3点

  • コーラスの重なり方: 星野源単独の楽曲では聴けない、複数の声が対等に並ぶ瞬間。誰がリードで誰がバッキングか、あえて曖昧にしている設計。
  • リズムの抜け: POP VIRUS期の詰まったグルーヴと比べて、間の取り方が広い。ダンスさせるためではなく、揺れさせるためのビート。
  • 英語詞のフレージング: 星野源が日本語で組み立ててきた韻の設計を、あえて崩している箇所がある。歌手としての新しい癖が生まれた瞬間として聴ける。

キャリアの中での位置づけ 分水嶺だったと今わかる

キャリアの俯瞰図で言うと、Same Thingは明確な分水嶺だ。この曲の前と後で、星野源の「作家としての振る舞い」が変わっている。

前は、ソウル・ファンクの再解釈をJ-POPのフォーマットに落とし込む職人だった。「SUN」「恋」「Family Song」「アイデア」。そのどれもが、星野源という設計者の指紋がくっきり残る楽曲だった。それが悪いわけではない。むしろあの時期の完成度は高すぎるくらいだった。だからこそ、燃え尽きた。

Same Thing以後、彼は「指紋を薄めても自分は残る」という確信を得たように見える。2020年代の彼が、藤井風や King Gnu 常田大希、あるいは俳優としての別の顔と柔軟に交わるようになったのは、この1曲で「他者と同じ場所に立つ」経験を通過したからだ。「創造」(2021)で任天堂のCMという他者の文脈に自分を差し込む余裕、「不思議」(2021)でドラマ主題歌としての機能を果たしながら私性を出す配分、そのどちらも、Same Thingがなければ違う形になっていた気がする。

面白いのは、この曲以降の星野源が「ヒット曲を狙わなくなった」ように見えて、むしろ楽曲単位でしっかり届くようになっていることだ。指紋を薄めた分、曲そのものが立つ。作家の物語が前に出すぎない。これは「恋」の頃には難しかった距離感で、Same Thingが用意してくれた足場だと思う。

この曲がいちばん効く時間 生活の中での読み方

Same Thingは、朝や日中よりも、夜寄りの時間に効く曲として設計されている気がする。ダンスさせるためのビートというより、少し疲れて帰ってきた身体の輪郭を、ゆっくり緩めるためのリズム。イントロの空気感がすでにそうで、聴き手を鼓舞するのではなく、隣に座り直すような温度でくる。

もうひとつ、この曲が化けるのは「移動中」だ。電車の窓の外が流れる時間、あるいは車のハンドルを握っている時間。日常のスピードに音楽を合わせるのではなく、音楽の速度に日常が少し追いつく感覚が生まれる。「恋」や「SUN」が家の中で踊るための曲だったとしたら、Same Thingは家の外で歩幅を整えるための曲、という言い方ができる。ファンの人ほど、たぶんこの「移動中に化ける」感覚は経験しているんじゃないかと思う。

プレイリスト上でも、Same Thingは星野源の他曲と並べたときに、ひとつ息の質が違う。他の曲の合間に挟むと、その前後の曲まで少し呼吸が深くなる。ハブのように機能する曲、という言い方が近い。

チャートと当時の受け止め

チャート面では、EP『Same Thing』はオリコン週間デジタルアルバムランキングで初登場1位を記録している。Twitterでは同日の星野源の冠音楽番組「おげんさんといっしょ」放送中にハッシュタグ「おげんさん」が世界トレンド1位を獲得するなど、リリース周りの熱量も高かった。

ただ、いま振り返って興味深いのは、この作品が数字以上に「業界内の評価」で分水嶺になったことだ。Apple Musicの「Beats 1」でプレミア・オンエアされた際、DJのZane Lowe(ゼイン・ロウ)が星野を”Japanese superstar”と世界に向けて紹介した。当時はこの海外露出が大きく報じられたが、6年経った今、日本のポップ・アーティストが英語圏のプラットフォームで対等に扱われる回路自体が広がった。あの時のZane Lowe枠は、その回路の初期の一つだったとも言える。

数字は当時のスナップショットだが、Same Thingが本当に効いたのは、その後の星野源が「海外を意識した楽曲」を無理して作らなくなったことにあると思う。一回やった。確かめた。だからもう、日本語で戻ってきていい。この余裕が、その後のキャリアを軽くしている。

コラボ相手の選び方に見える設計思想

EP全体を通して、コラボ相手の並びが絶妙だ。Superorganism、PUNPEE、Tom Misch。バラバラに見えて、共通点がある。全員、既存のジャンル枠に収まらず、自分の耳の良さで音を編集するタイプの作家たちだ。星野源が組みたかったのは、単に「有名なゲスト」ではなく、「編集の思想を持った同世代」だったことがわかる。

特にTom Mischとは今年(2019年)5月の来日公演時の対談をきっかけに交流を深め、互いに世界中を飛び回りながら楽曲アイデアのやりとりを繰り返して「Ain’t Nobody Know」を共同プロデュースの形で完成させたという制作プロセスは、いまで言う「リモート共作」の走りだ。この経験があったから、コロナ禍でリモート制作が当たり前になったときも、星野源は動揺なくワークフローを維持できたのだと思う。

PUNPEEの起用も、いま読み直すと深い。星野源自身の初のラップが「さらしもの (feat. PUNPEE)」で披露された。表題曲で英語詞と共作という「外向きの実験」をやり、次の曲で日本語ラップという「別ジャンルへの越境」をやる。この2曲並びで、星野源は自分の声の使い方を2つ増やしている。EP1枚で歌手としての引き出しが増えるという、贅沢な自己更新だ。

今こそSame Thingから広げるなら

入門動線

Same Thingで星野源の「合奏する顔」が気になったなら、次に聴くべきは同EPの「Ain’t Nobody Know」。Tom Mischの共同プロデュースが生きた、コンテンポラリーR&Bの息遣いを持った1曲で、表題曲とは違う角度から「輪郭を薄めた星野源」が味わえる。

関連1枚として挙げたいのは、前作POP VIRUS🛒楽天(2018)。Same Thingが「解体」だとすれば、POP VIRUSは「一人称の完成形」だ。この2作を続けて聴くと、6年前に星野源が何を燃やして何を得たのかが、リスナー側にもはっきり見える。「アイデア」から「Same Thing」への流れは、日本のポップスの中でも屈指の「作家の脱皮」の記録だと思う。

もう一歩広げるなら、Superorganismの2018年のセルフタイトル・アルバム、Tom Mischの『Geography』(2018)。この2枚を挟んでSame Thingに戻ると、星野源が2019年時点でどの音の潮流の中に自分を置こうとしていたかが、地図として見えてくる。ここまで辿るとEPの4曲がまったく違う厚みで聴こえるはずで、これはファンにとっても再発見の楽しみがある。

解釈が分かれるところ

Same Thingについて、いまも意見が分かれる論点がひとつある。それは、この曲を「星野源の海外進出の起点」と読むか、「あくまで国内の作家性を更新するための道具」と読むか、だ。

個人的には後者に近い。あれ以降、星野源が積極的に海外市場を狙った動きを見せていないことがひとつの根拠になる。英語詞のシングルを連発したわけでもないし、海外ツアーを主軸に据えたわけでもない。Same Thingは目的地ではなく、通過点として設計された曲だった、と思う。

ただ、この読みが正解だとも言い切れない。Zane Lowe枠での紹介、Superorganismという当時の欧州インディーの熱源とのコラボ、英語詞という選択。それらを揃えた作品を「国内向けの通過点」と言い切るのは、少し引きすぎかもしれない。ここは、ファンそれぞれが自分の聴き方で決めていい部分だと思う。あなたにとって、Same Thingは「越境の曲」ですか、それとも「戻ってくるための曲」ですか。

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  • POP VIRUS — 一人称の完成形として対で聴きたい
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  • Ain’t Nobody Know — 同EP収録のTom Misch共同プロデュース曲
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  • さらしもの (feat. PUNPEE) — 星野源初ラップの越境実験
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  • 創造 — Same Thing以後の余裕が見える1曲
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