星野源『ドラえもん』を今読み直す—6年後に見える設計の意味

青と黄色を基調にした、鈴と鍵盤を思わせる抽象的な音楽ビジュアル 楽曲

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星野源のドラえもん🛒楽天が世に出たのは2018年2月28日。もう7年前の曲だ。ただ、いま2024年の秋にTVアニメのオープニングから外れたというニュースを見て、逆にこの曲の重さを再確認した人が多いはずだ。5年間、毎週金曜の夕方に流れ続けた曲というのは、そう多くない。

『ドラえもん』は主題歌というより、藤子・F・不二雄という一次資料への静かな返歌だった。——2018年当時は「映画主題歌」「久々のシングル」という文脈で語られたが、その後の『創造』(2021年)や『不思議』(2021年)まで含めて振り返ると、この曲の設計思想がもっとはっきり見えてくる。今日はその視点で書く。

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この曲の要点

  • 2018年2月28日、星野源の11枚目のシングルとしてSPEEDSTAR RECORDSから発売された楽曲。
  • 『映画ドラえもん のび太の宝島』の主題歌として書き下ろされ、B面「ここにいないあなたへ」は同作の挿入歌。
  • TVシリーズ『ドラえもん』(第2作2期)の放送時間帯変更に合わせ、2019年10月5日から2024年11月2日までオープニング曲としても使用された。
  • 2018年3月12日付オリコン週間シングルランキングで初週14.4万枚を売り上げ、初登場1位を獲得。2018年のソロアーティスト最多売上枚数を更新した。
  • 作詞・作曲・編曲・プロデュースはすべて星野源本人。間奏部分に、菊池俊輔作曲の「ぼくドラえもん」のメロディが引用されている。

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2018年という時代の中に置き直す

この曲がリリースされた2018年2月末という時期を、いま思い出しておきたい。星野源は前年10月の『逃げるは恥だが役に立つ』のヒットからちょうど1年半、『Family Song』(2017年8月)のオリコン1位を経て、キャリアの中で最も注目されていたタイミングだった。同時期のJ-POPシーンでは、米津玄師の『Lemon』が3月14日に発売され、その後の日本のヒット曲の常識を書き換えていく。DA PUMPの『U.S.A.』が6月に出て、Official髭男dismが同年にメジャーデビュー。2018年前半は、日本のポップスの地図が塗り替わる直前の空気があった。

その中で星野源の『ドラえもん』が示したのは、”アニメ主題歌”というフォーマットが、まだ最先端のポップスの表現形式でありうる、ということだった。ここは重要。当時、映画主題歌はどこか職人的な仕事、あるいはタイアップとしての実用品と見られがちだった。彼はそこを、自分の主戦場と同じ強度で作った。この判断の意味は、2020年代に入って”アニソン”というカテゴリが日本の音楽産業の中心軸になっていく流れを見ると、じわじわと効いてくる。

個人的な話をひとつ。2018年の春、この曲がラジオでかかったのを車の中で聴いたとき、正直「アニメ主題歌っぽくないな」と思った。もっと分かりやすく子ども向けに寄せてくると予想していたからだ。予想は外れた。そして外れたことが嬉しかった。星野源は”子どもに媚びない子どもの曲”を作った。この選択が、5年間TVアニメのOPを務め上げる耐久力に繋がった、と今なら分かる。

今読み直すと、これは「主題歌」というより「返歌」だった

2018年当時、この曲は「映画ドラえもんの主題歌」として消費された。それは間違いではない。ただ、6年経って『創造』(2021年、任天堂「Nintendo Switch」CM曲)や『不思議』(2021年、TBS系ドラマ『恋はつづくよどこまでも』主題歌)を通ってから聴くと、『ドラえもん』の位置づけが少し違って見える。

この曲の主語は、映画そのものではない。『映画ドラえもん のび太の宝島』のストーリーに寄せた歌ではなく、原作者・藤子・F・不二雄という「作品の源泉」に向けて書かれている。主題歌というより、まさにドラえもんの”テーマソング”というべき内容——と当時から指摘はあった。でも、この読みが本当に効いてくるのは、その後の星野源が『創造』で任天堂という「自分が育った文化」に返歌を書き、『POP VIRUS』というアルバムを通じて「自分の音楽ルーツへの応答」を体系化してから、だ。

つまり『ドラえもん』は、後の星野源が繰り返す「一次資料への返歌」というフォーマットの、最初の完成形だった。そう読み直すと腑に落ちる。

菊池俊輔の引用が、いま重い理由

この曲を語るとき絶対に外せないのが、間奏の処理だ。中間奏部で「ぼくドラえもん」のメロディーを引用している。「ぼくドラえもん」は1979年から放送されたテレビ朝日版『ドラえもん』のエンディング曲で、作曲は菊池俊輔。仮面ライダー、ドラゴンボール、Gメン’75——昭和のアニメ・特撮音楽の中心にいた人だ。

菊池俊輔は2021年4月に亡くなった。この事実を通ってから間奏を聴き直すと、あのメロディの意味がまるで変わる。2018年時点では「引用」「オマージュ」で説明できた仕掛けが、いまは「先行する仕事への敬意を、生きているうちに音の中に刻み込んだ」ドキュメントになっている。

星野源はイエロー・マジック・オーケストラや細野晴臣への敬意を、たびたび自分の曲の中で表明してきた。ルーツを黙って自分のものにするのではなく、名前と旋律を残して次に渡す。そのやり方の原型が『ドラえもん』にある。菊池俊輔のメロディが4小節そこに置かれていることの重さを、今こそ受け取り直したい。

『POP VIRUS』に入らなかった意味

直接の答えを先に書く。「ドラえもん」は2018年12月19日発売のアルバム『POP VIRUS』には収録されていない。これは意図的な判断だったと思う。

『POP VIRUS』は星野源のディスコグラフィの中で最もコンセプチュアルな一枚だ。「音楽そのものがウイルスのように伝染する」という主題で組まれたアルバムに、”ドラえもん”という別のIPの世界観を持つ曲を混ぜると、アルバムの純度が濁る。だからここには入れない。でも死蔵はしない。「星野源 DOME TOUR 2019『POP VIRUS』」にて披露された。作品としては別、ライブでは呼び出す。この線の引き方が上手い。

後の『不思議』もアルバム『POP VIRUS』には当然入らない(2021年の曲だから)。『創造』もシングル止まりで、アルバム未収録期間が長かった。星野源はここ数年、「タイアップシングルはタイアップシングルとして完結させる」思想を強めている。『ドラえもん』はその方針の起点として位置づけられる曲だ。

サウンドの再検討—イントロ8秒に詰まっているもの

音楽的な観察をひとつ。イントロの鈴の音とベースラインの入り方は、いま聴くと明らかに星野源の「ダンスミュージックとしてのポップス」の設計に沿っている。BPMはおおよそ130前後。子ども番組の主題歌としては少し速い。ここで速さを取ったことで、この曲は「子ども向けに寄せた大人の曲」ではなく「大人が本気で作った、子どもも踊れる曲」になった。

Aメロで意図的にリズムを詰め込み、Bメロで少し引く。サビで一気に開ける。この構造は『恋』(2016年)の完成形をさらに整理したもので、『Family Song』(2017年)で得た「歌詞の情報量を増やしても跳ねるビート」の技術がここに合流している。星野源が2015〜2018年にかけて磨いた”歌詞の密度とダンスのリズムを両立させる”技法の、ひとつの到達点。

ホーンセクションの入り方も注意深く聴きたい。ドラえもんの世界観に寄せた”少しレトロなブラス”の質感は、2015年のYELLOW DANCER🛒楽天で開拓した70sソウルの参照系を、より軽く、より透明にした処理になっている。重くない。でも懐かしい。ここの匙加減が、幅広い年齢層に届いた理由のひとつだと感じている。

歌詞世界の設計—固有名詞を避けるという選択

歌詞の中身そのものは引用しないが、設計の話はできる。この曲の歌詞は、ドラえもんという作品世界の記号を、直接の名指しではなく、性質の描写で呼び出している。落ちこぼれた側、出来すぎた側、静かな側、拗ねた側——キャラクターを名前で呼ばず、それぞれの立ち位置だけを言葉にする。これは何を意味するか。

ひとつは、ドラえもんを知らない人にも届く設計にしていること。もうひとつは、聴き手の側に「自分の中の、あの子」を思い出させる余白を残していること。星野源の作詞は、『恋』でも『Family Song』でも、この”固有と普遍を往復する”技法を軸にしている。『ドラえもん』はその中でも、参照する作品世界が超有名だからこそ、あえて距離を取った。近づきすぎず、離れすぎない。ここの塩梅の付け方が、この作詞家の巧さの核心だ。

また、原作者である藤子・F・不二雄の言葉や思想への目配せも歌詞の中に織り込まれている、と多方面で指摘されてきた。この点は、当時の星野源本人のコメントを含めて公式情報を追ってほしい。ここでは深追いしないが、”原作者への手紙”としての側面がこの曲にはある、とだけ書いておく。

聴きどころ3点

  • 間奏の「ぼくドラえもん」引用——4小節だけ現れる菊池俊輔のメロディ。世代をまたぐ回路として置かれている。ここで一度、曲の時間軸がぐらつく。
  • 歌詞の中の固有名詞の扱い——キャラクターを直接名指しせず、性質だけを言葉にする。歌詞は引用しないので詳細は聴いてほしいが、この抽象化が「アニメ主題歌にありがちなキャラ列挙」を回避している。
  • サビのコーラス処理——多重録音の重ね方が丁寧で、ヘッドフォンで聴くと左右で違う星野源の声が返ってくる。宅録出身の人の耳が、ここに残っている。

ミュージックビデオが今も参照される理由

ミュージックビデオの話も少し入れておく。監督は山田智和。星野源のMVを何本も撮っている作家で、『恋』(2016年)の振付ダンスMVの反響を受けて、以降の主要MVを手がけてきた。『ドラえもん』のMVでは、どこでもドアから始まり、野比家のセット、空き地、給食のシーンなど、原作の記号を実写で丁寧に再構築している。CGに逃げず、美術で作り込む。この方針が結果的に”時代に古びない映像”を生んだ。

2018年公開時点でYouTubeで話題になったのはもちろん、その後SNSで折々に引用され続けている。特に、給食のシーンでダンスするパートは、星野源のMV史の中でも屈指の完成度だと思う。ダンスの振付が過剰でなく、日常の動作の延長として設計されている。これは『恋』の振付が”全国民が踊れる程度の難易度”に調整されていたのと同じ思想で、星野源のダンスミュージックが持つ”開かれ方”を象徴している。

チャートと社会現象としての着地

数字の話をひとつだけ。初週14.4万枚で2018年のソロアーティスト最多売上枚数の記録を更新。星野源にとっては前作『Family Song』に続く2作連続の1位だった。この時期、彼はシングルを出せば1位を取る位置にいた。

ただ、初動より効いたのは長期の露出だ。2019年10月5日から2024年11月2日まで、TVシリーズのオープニング曲として使われた。約5年間、毎週流れ続けたことで、この曲は「星野源のヒット曲」の枠を超えて「ドラえもんという番組の記号」になった。2010年代後半以降に生まれた子どもたちにとって、『ドラえもん』のオープニング曲はこれ、という認識が固定された。

2024年11月にTVでのOP使用が終わったニュースを見て、SNSで「ロス」を語る人が多かったのは、この5年の重みだ。楽曲の寿命の話ではない。ある世代の”日常のBGM”が更新される、という別種のできごとだった。

いつ、どう聴かれているか

これは統計ではなく、作品からの読み。『ドラえもん』は「朝と夕方に効く曲」として設計されている気がする。子どもが起きてくる時間帯、あるいは家族が帰ってくる夕方——生活の切り替わり目に置かれることを、この曲は最初から想定して書かれているように聴こえる。

星野源の他の曲、たとえば『恋』は「夜のダンスフロア」、『アイデア』は「朝方の作業BGM」、『不思議』は「電車の中」というふうに、それぞれ違う時間と空間を持っている。その中で『ドラえもん』は最も”日常のスケジュール”に密着した曲だ。BPMも歌詞の情景も、家事の合間に流しても邪魔にならないよう調整されている。5年間TVアニメの30分番組の冒頭に流れ続けた事実が、そのまま設計思想の答え合わせになっている、と感じる。

キャリアの中での位置づけ—折り返し地点として

星野源のキャリアを大まかに区切ると、SAKEROCK解散前後(〜2015)、『YELLOW DANCER』〜『恋』の跳躍期(2015〜2016)、そして『Family Song』〜『POP VIRUS』の成熟期(2017〜2018)に分かれる。『ドラえもん』はこの成熟期のちょうど真ん中に置かれた。

ここから先、彼は『Same Thing』(2019年、Superorganismとのコラボ)、『折り合い』『不思議』『Cube』『喜劇』(2022年、アニメ『SPY×FAMILY』ED)と、明らかに軸足を国際化・アニメ主題歌の再定義に振っていく。『ドラえもん』はその方向転換のリハーサルだった、と読める。国民的IPの主題歌を、原作への敬意と現代のポップスの両立で書き切る。この訓練が『喜劇』にそのまま活きている。

逆に言えば、『喜劇』が「星野源にしか書けないアニメ主題歌」として成立しているのは、4年前に『ドラえもん』で一度この形式を完成させたからだ。順番を意識して聴き直すと、両方の曲の輪郭がくっきりする。

入門動線

この曲から広げるなら、まずシングル『ドラえもん』のB面「ここにいないあなたへ」を続けて聴いてほしい。『映画ドラえもん のび太の宝島』の挿入歌で、A面とは対の位置で書かれている。明るい主題歌の裏にあるもう一つの視点が見える。次に、2022年の喜劇🛒楽天。『SPY×FAMILY』第1期エンディングで、『ドラえもん』で開いた「原作への返歌としての主題歌」の系譜がここに繋がっている。アルバムならPOP VIRUS🛒楽天。『ドラえもん』は未収録だが、同時期の星野源の設計思想を体系的に浴びられる。

残しておきたい問い

最後に、答えを出さずに置いておきたい問いがある。2024年11月にTVアニメのOP使用が終わった今、『ドラえもん』は星野源のディスコグラフィの中でどう位置づけ直されるのか。「役目を終えた曲」なのか、「ようやくタイアップから解き放たれて純粋な楽曲として聴き直せる曲」なのか。

個人的には後者だと思っている。5年間の”OP曲”というレイヤーが剥がれたことで、この曲の中の菊池俊輔への敬意や、藤子・F・不二雄の世界観への静かな応答が、もう一度前景化する。タイアップは曲の追い風だが、同時に曲の一部を隠す蓋でもある。その蓋が外れた2025年の耳で、もう一度この曲を聴き直したい。あなたはどう聴くだろうか。

まずこの作品から聴く

  • POP VIRUS — 同時期の設計思想が体系的に分かる
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  • 喜劇 — 本曲の系譜にある主題歌の到達点
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  • Family Song — 直前作、跳ねるビートの原型
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  • YELLOW DANCER — ソウル参照の出発点
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