山本彩のゼロ ユニバース🛒楽天が改めて話題になっている。2020年秋のシングル曲が、2020年代半ばのいま、SNSでプレイリストに戻ってきているのは面白い現象だ。当時のリアルタイム評価と、今の視点から見えるものは、正直けっこう違う。アイドル出自のシンガーソングライターが、ここでようやく「書くことでしか届かない声」の輪郭を掴んだ、と今なら言える。
この曲の要点
- 山本彩の4thシングル表題曲として2020年10月28日にユニバーサルシグマからリリース
- 作詞・作曲は山本彩本人。編曲は立崎優介と田中ユウスケ
- テレビ東京ドラマ24『あのコの夢を見たんです。』エンディングテーマ
- カップリング「愛なんていらない」はモスバーガーCMタイアップ
- 3rdアルバム『α』を経た「移籍2年目」のシングル
2020年10月28日、というタイミング
まず事実から。「ゼロ ユニバース」は、日本のシンガーソングライター山本彩の楽曲。2020年10月28日にユニバーサルシグマ(ユニバーサルミュージック)から4枚目のシングルとしてリリースされた。タイアップはテレビ東京ドラマ24『あのコの夢を見たんです。』のエンディング曲として書き下ろされている。作詞・作曲は本人、編曲は立崎優介・田中ユウスケが手掛けた。
ここが後から見て重要になる。前作シングルから約1年ぶりの4thシングルで、3rdアルバム『α』で幅広い音楽性を示した山本彩の新機軸として打ち出された作品だった。しかも全曲の作詞・作曲を山本彩自身が担当し、全曲に大型タイアップが決定した盤である。SSWとして、自作曲だけで一枚のシングルを回すという体制がこの時点で組めていた。地味な話に聞こえるかもしれないが、2020年時点でこれをやれていた元アイドルはそう多くない。
コロナ禍で無観客配信やリモート制作が当たり前になった時期のリリースでもある。ライブの現場が止まっていた季節。その中でシングルを、しかもドラマEDとCMという「家で流れる出口」に向けて出したという時代性は、今読み直すと妙に効いてくる。
移籍2年目のシングル、という補助線
「ゼロ ユニバース」を今読むうえで一番効く補助線は、これがユニバーサル移籍後2年目の一枚だったという事実だ。2019年2月に山本彩はユニバーサルミュージック内のレーベル・ユニバーサルシグマに移籍し、ニューシングル「イチリンソウ」を4月17日にリリースしている。つまり移籍1年目に「イチリンソウ」を出し、2年目のフルアルバム『α』でSSWとしての幅を見せ、その次に置いたシングルが「ゼロ ユニバース」だった。
『α』の面白さについて音楽ナタリー系の評は的確な指摘をしていて、グループ卒業後初のアルバムは全曲山本の作詞作曲で、9人のアレンジャー&プロデューサーを迎えるというSSWならではの挑戦を見せた盤だった。ここまでは「幅」の話。ただ、幅を広げた後にどう畳むか、というのは別問題で、次の一手として「ゼロ ユニバース」があった。
後から見ると、『α』で散らした複数のプロデューサー・アレンジャーの経験値を、シングル1枚のポップスに畳み直す作業がここで行われている。編曲は立崎優介と田中ユウスケという座組み。派手なフィーチャリングやゲストの饒舌さで語らせるのではなく、シンガーソングライターとしての設計図に音を寄せていく方向。この地味な選択の意味が、当時よりいま分かる。
サウンドの読みどころ:ドラマEDというフォーマットに寄せた設計
作風から読める設計は、ドラマEDというフォーマットへの寄せ方が非常に理にかなっている。テレビ東京・ドラマ24枠の深夜帯、そこで一日の物語を締める役割。ロックのソリッドさよりも、翌朝に持ち越せる余韻の方が求められる場所だ。イントロで急に殴りに行かず、ミッドテンポで景色を作る作り方は、この座組みでは正解だと思う。
山本彩のボーカルの強みは、伸びのあるロングトーンと、破綻しないピッチ、そして「歌詞をちゃんと聞かせる」子音のクリアさにある。ロックバンド的アレンジで押し切ってもいいはずのシンガーが、ここでは自分の声を最前面に置くミックスを選んでいる。ここが「新機軸」と書かれた意味の正体で、当時の紹介文だと分かりにくかった部分でもある。
そう。ロックギターの人が、あえてポップスの真ん中に立ちにいった一曲。
M-ON! MUSICの当時の紹介にも「夢と現実の対比とその中での葛藤、そしてそこから抜けだして新しい自分を見つける様子を描いた作品」という言い方が出てくる。抽象的に読めるが、この2020年秋の空気で、この主題を、この編曲で出したという判断のセットが後から見ると腑に落ちる。ドラマの題名『あのコの夢を見たんです。』と共鳴させる設計だ。
聴きどころ3点
- Aメロ〜Bメロの音数の少なさ。歌が主役で、リズム隊は歌の後ろから支える設計になっている
- サビでの声の伸び。ロングトーンをリバーブで盛らずに、声そのものの厚みで届かせる録り方
- アウトロの引き算。ドラマの余韻に接続するために、大団円で終わらせない構造になっている
キャリアの中での位置づけ——「ソロSSW・山本彩」の起点
この曲のキャリア上の意味は、後から見るとかなり大きい。2016年にアルバム『Rainbow』でソロデビューを果たし、2017年には2ndソロアルバム『identity』を発表、2018年11月にNMB48を卒業したのち、2019年にソロ活動を本格始動——この流れの中で「ゼロ ユニバース」はほぼ真ん中に位置する。卒業から2年、移籍から1年半。ちょうど「元アイドル」の枕詞が外れ始める時期のシングルだ。
面白いのは、この時期の山本彩が「ロックの人」でも「バラードの人」でもなく、その両方を自分で書ける人として位置を取り直そうとしていたことだ。『α』の座組みが散らかしすぎだったとは思わないが、ある程度は「私はこれもできます」の陳列だった。「ゼロ ユニバース」はその陳列を1曲に折り畳んで、外部フォーマット(ドラマED)に差し出せた最初のシングルだ、と今なら言える。
その後のソロキャリアで彼女が積み上げていくのは、この「畳んで届ける」線の延長にある。移籍第1弾シングル「イチリンソウ」から4作目までの助走を経て、シンガーソングライターの現在地に接続する軸線が引かれた。「ゼロ ユニバース」はその軸線がはっきり見え始めた地点にある。
チャートとタイアップ——数字の外にあるもの
数字の話をしておく。オリコンの週間ランキングでの動きなど、具体的な数値は公式データを参照してほしい。ただ、後から見て意味があるのは順位よりも「どこで流れたか」の方だ。4thシングル『ゼロ ユニバース』はテレビ東京 ドラマ24『あのコの夢を見たんです。』のために書き下ろした表題曲、モスバーガーのCMタイアップ曲「愛なんていらない」、そして通常盤にのみ収録の「against」という構成だった。1枚のシングルで、地上波深夜ドラマのED、全国CM、シングルカップリングの三つの出口を持っていた。
これ、シングルCDの売上を最大化する動線というより、「複数の生活シーンで山本彩の声を聴かせる」動線だ。深夜のテレビの前、店舗のBGM、能動的に選ぶプレイリスト。3つのタッチポイントを設計として持てるアーティストは、2020年時点でも多くない。数字はスナップショットに過ぎない。彼女がここで組み上げていたのは、生活導線の中に音を置く技術のほうだ。
数字を追いかけて聴くよりも、この曲は「深夜、部屋で一日を締めるとき」に効く曲として設計されている気がする。ドラマEDに置くために書かれた設計を、そのまま自分の一日の終わりに流用できる。何年経っても、そういう置き場所を持っている曲は残る。
「今こそこう読める」ポイント
当時のレビューで多かったのは「歌上手いよね」「新しい一面」といった評価だった。悪くない。ただ2020年代半ばのいま、彼女のその後のシングル・アルバムを聴いた後に戻ってくると、この曲の読み方はもう少し立体的になる。
ひとつは、SSWとしての「自作の届け方」の型がここで固まっている、という点。全曲自作の盤を、外部の大型タイアップに乗せて出す、というのはそれ以降の彼女の基本フォーマットになっていく。全曲自作の盤で、複数の作家性を1つの声に統合してみせる方式。今聴くと「そうか、この人はここから始めていたのか」と分かる。
もうひとつ。当時「新機軸」と言われたポップス寄りの寄せ方は、後の作品でロック側に戻る場面もあれば、さらにポップに振る場面もある。つまりこれは「転向」ではなく「引き出しの追加」だった。当時は「またロックに戻ってほしい」という古参の声も一定あったはずだが、今から見ればロックを捨てたわけではなく、フォーマットに合わせて出す音を選べるようになった時期の宣言だ。この読み替えは、当時はできなかった。
ここは解釈が分かれるところで、「ロックの人が丸くなった」と読む人もいれば、「書き手として引き出しを増やした宣言」と読む人もいる。正直、私は後者の読みで今聴いてほしいなと思ってます。ただ前者の読みも間違いではない。ここは聴く人それぞれで判断していい場所だと思う。
入門動線
「ゼロ ユニバース」から山本彩のソロSSW面を掘るなら、次に聴くべきはこの2枚。
- 次の1曲:同シングル収録の「愛なんていらない」——モスバーガーのCMタイアップ曲。ポップス寄りの引き出しをもう1つ確認できる
- 次の1枚:3rdアルバム『α』——「ゼロ ユニバース」で1曲に畳まれる前の「散らかっていた頃」の幅を聴ける。順序として面白い
編曲:立崎優介と田中ユウスケという座組み
編曲の座組みにも触れておきたい。立崎優介・田中ユウスケのダブルクレジット。派手なスタジオミュージシャン軍団を並べたり、著名プロデューサーをフィーチャリング的に呼ぶタイプの制作ではない。共同編曲でシンガーの設計に音を寄せていく地味な作り方で、これが結果的に「歌がちゃんと立つ」ミックスに繋がっている。
『α』では9人のアレンジャー・プロデューサーを迎えていた山本彩が、次の一枚では2人体制に絞った、というのが後から見ると象徴的だ。散らして幅を見せた後に、絞って統合する。SSWとしての制作リテラシーが上がっていく段階のシングル、と言い換えてもいい。移籍1年目に「イチリンソウ」を亀田誠治&寺岡呼人プロデュースで出したのを思うと、4作目でここまで座組みを絞れているのは面白い変化だ。
亀田誠治で始まって、9人体制のアルバムを経て、2人編曲のシングルに落ち着く。これは「大物に頼らないと成立しない」段階から「自分の絵図に合う人と組む」段階への移行として読める。地味だがキャリア上、けっこう大きな変化だと思う。
ドラマ24というフォーマットの意味
タイアップの枠についても補助線を引いておく。テレビ東京・金曜深夜のドラマ24の記念すべき第60作目となる『あのコの夢を見たんです。』のED、という枠だ。ドラマ24は深夜帯で、ゴールデンの大衆性より、少し尖った作家性を許容する枠として知られている。ED曲に求められるのは、1話ぶんの物語を「翌朝まで持ち越せる形」で締めることだ。
この枠に「ゼロ ユニバース」を差し出したのは、選曲側にとってもアーティスト側にとっても筋のいい判断だった。ドラマの題名と、曲のテーマである「夢と現実の対比」(M-ON! MUSICの表現)は、意味論的にきれいに響き合う。ドラマ本編の余韻を、翌朝までの睡眠を挟んで持ち帰らせる装置として、この曲は機能する設計になっている。
後から見ると、この「1話を締めるEDの機能美」を丁寧に組んでいるのが分かる。イントロで叙情を張って、Aメロで景色を落として、サビで一段引き上げ、アウトロは大団円を作らずに開いたまま置いておく。この構造はライブで単体で聴くよりも、ドラマの本編と一続きで聴いたときに強く効く。テレビの前で最初に触れた人は、たぶんこの効き方で覚えている。
ボーカリストとしての現在地
山本彩の声の話をしたい。ロングトーンの伸びと、歌詞の子音の粒立ちの良さは、10代の頃からある強みだ。ただ「ゼロ ユニバース」で聴こえるのは、その強みを「派手に見せる」使い方から、「フォーマットに合わせて調整する」使い方へシフトしている点だ。
具体的には、サビでのロングトーンを、リバーブ処理で盛りすぎない。声そのものの厚みで届かせる方に振っている。これはロックバンド的な音作りだと逆で、ボーカルを空間に溶かしてリフとぶつけるのが定石だ。この曲はそれをやらない。歌詞をちゃんと届かせる、深夜のEDに合うミックス。当たり前のようだが、SSWとして自分の書いた歌詞を「そのまま届けたい」という判断が音の作りに出ている。
これはたぶん、当時のリアルタイムだと分かりにくかった部分だ。「歌上手いよね」で片付いてしまう聴き方の外側に、彼女の書き手としての意図が入っている。
コロナ禍とシングルという形態
もう一つ、当時の景色に関する補足を。2020年10月というのは、コロナ禍で音楽業界の売り方が根本から揺れていた時期だ。ライブが止まり、フィジカルCDの売上シミュレーションが機能しなくなり、多くのアーティストが配信シングルやEPで動線を作り直していた頃。その中で、山本彩は初回限定盤にDVDを付け、通常盤にはカップリング「against」を入れる、というフィジカル重視のCDシングル形態で4作目を出している。
これは「フィジカルを買うファンがついている」という前提が必要な判断で、実際その前提は成立していた。10月31日には4thシングル『ゼロ ユニバース』のリリースを記念して、CD購入者を対象としたライブ&トーク配信イベントを開催している。フィジカル購入をキーにした配信イベントの動線、というコロナ禍対応もセットで組まれていた。
あの時期にこの形で出せたのは、地味に強い。今から振り返ると、SSWとしての設計もリリース形態の判断も、両方が噛み合った一枚だったと言える。
「愛なんていらない」と「against」の存在
表題曲だけで語ると片手落ちなので、カップリングにも触れておく。モスバーガーCMタイアップ曲「愛なんていらない」は、ドラマEDの表題曲とはまた違うポップスの引き出しだ。CMの短い尺で刺すために書かれた曲は、サビのフック優先で作られる。表題曲がドラマ1話を締める役割を担うのに対し、こちらは十数秒で耳を掴む役割。同じシンガーが、同じシングルの中で、機能の違う2曲を書き分けている。
そして通常盤にのみ収録の「against」。タイアップのない、シンガーの内側から出た曲がここに置かれている構成は、ファンにとっての「もう一つの本編」だ。3曲の役割分担が明確で、これはSSWとしての盤の設計として、けっこう成熟している。
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まとめ:後追いで見えるもの
「ゼロ ユニバース」は、当時「新機軸のシングル」として紹介された。それは間違ってない。ただ後から見れば、これは新機軸というより、SSWとしての基本フォーマットの完成宣言だった。全曲自作、外部フォーマットへの寄せ、複数のタッチポイント、そしてポップス寄りに畳む判断。以降の彼女の仕事は、この一枚の延長線上にある。
今の山本彩を追ってきた人にとって、この曲は「そういえばあの頃」の一枚ではなく、「今の彼女の設計図の初期版」として聴き直せる。深夜のドラマ枠に置かれた3分数十秒に、その後4〜5年の仕事の輪郭が既に入っている。地味な気付きだが、こういう気付きこそが、後追いで振り返る楽しさだと思ってます。
まずこの作品から聴く
- ゼロ ユニバース(シングル) — 本作。SSWとしての基本形
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- イチリンソウ — 移籍第1弾シングル
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