キリンジ/KIRINJIの歩みと名曲|「エイリアンズ」が越えていった時間

夕暮れの都市の窓辺に置かれたレコードプレーヤーと、淡く滲む街灯のイメージ アーティスト

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キリンジという名前を初めて意識したのが「エイリアンズ」だった、という人は多いはずだ。しかもその出会いは、リリース年ではなく、ずっと後のカバーだったり、深夜のFMだったり、誰かの葬送のプレイリストだったりする。キリンジの曲は、発表された年より、聴き手が思い出す年のほうに強く根を下ろす。今チャートに顔を出すたびに、そのことを再確認させられる。

2000年の曲が、2020年代の若いリスナーのプレイリストの中で普通に生き延びている。日本のポップスでこの成立の仕方はかなり珍しい。ヒットの延長線ではなく、口伝えとカバーとサブスクの偶然が、四半世紀かけて曲を運んできた。今回はそのキリンジ/KIRINJIの歩みを、初期からソロプロジェクト化した現在まで、ライター視点で辿り直す。

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このアーティストの要点

  • キリンジは1996年に堀込高樹・堀込泰行の実兄弟で結成、1997年インディーズ、1998年にワーナーからメジャーデビューした日本のバンド。
  • 2000年発表のアルバム『3』収録「エイリアンズ」がキャリア屈指の代表曲として、世代を越えて多数のアーティストにカバーされている。
  • 2013年に弟・泰行が脱退、兄・高樹が引き継ぎ、新メンバー5人を加えたバンド編成「KIRINJI」として再始動した。
  • 2020年末にバンド体制を解除し、2021年からは堀込高樹のソロプロジェクトとしてKIRINJI名義で継続している。

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兄弟デュオとして始まった1990年代後半

キリンジは、兄・堀込高樹と弟・堀込泰行という実兄弟のデュオとして始まった。1996年10月に堀込泰行(Vo, G)、堀込高樹(G, Vo)の兄弟2人で「キリンジ」として結成される。1997年のインディーズデビューを経て、1998年にメジャーデビューを果たす。デビューはワーナーミュージック・ジャパン。90年代後半の日本のメジャーシーンといえば、小室系の残響と、ミスチル・スピッツの国民的定着と、渋谷系の遅い余韻が同居していた時期にあたる。その中で兄弟デュオの登場は、どこにも属さない、という第一印象で受け止められた。

兄の高樹は西武学園文理高校、早稲田大学第二文学部東洋文化専修卒業。1996年に実弟堀込泰行とキリンジ結成、1998年にメジャーデビューという経歴を持つ。埼玉県坂戸市の出身で、ソングライターとして早くから独自の語彙を持っていた作家だ。弟の泰行はボーカルとギターを担いながら、代表曲「エイリアンズ」の作詞・作曲を手がけるなど書き手としても中核にあり、後にソロやユニット「馬の骨」でも活動していく。この兄弟の役割分担が、初期キリンジの独特な奥行きを作った。

初期作を聴き直すと、当時の同世代バンドと比べて、ソングライティングの手数の多さが際立つ。転調、コード進行の折り目、コーラスの重ね方——どれも「メジャーポップとして成立させながら、玄人が唸る細部を仕込む」というやり方で組み上がっている。2000年前後の日本のポップスで、ここまで意識的に和声の綾を織り込んでいたバンドは、そう多くない。

個人的な話をさせてもらうと、自分がキリンジを初めてCDで買ったのは2003年の学生時代、中古盤で見つけた『3』だった。ジャケットの油まみれの顔写真に一瞬ひるみ、A面3曲目のあたりで買ってよかったと胸を撫でおろした。あの手触りは、今もサブスクで聴くたびに指先に戻ってくる。

「エイリアンズ」という奇跡の遅効性

キリンジを語るときに「エイリアンズ」を外すことはできない。ただし、この曲は「大ヒット曲」というより「遅れて浸透した曲」だ。「エイリアンズ」は、キリンジが2000年10月12日にリリースした6枚目のシングルである。 作詞・作曲を手がけたのは弟の堀込泰行、編曲はキリンジと冨田恵一である。前作「君の胸に抱かれたい」より3か月ぶりとなるシングル。オリコンチャートによると、キリンジのシングルとしては3番目の売上となった。発表当時、いわゆる社会現象的ヒットだったわけではない。それが今、SNS時代のリスナーにまで届いている。

収録アルバムである3🛒楽天は、キリンジの3枚目のオリジナルアルバムだ。『3』は日本のバンド・キリンジの3枚目のアルバム。2000年11月8日にCDアルバムとして、ワーナーミュージック・ジャパンより発売。その後、2014年と2018年にリマスター版、2016年にアナログ盤が発売された。ジャケットは水に油を混ぜたものを顔面にスプレーしオイリーに仕上げたメンバー二人のアップ写真リリース時は大きなヒットとはならなかったが、収録曲「エイリアンズ」が多くのアーティストにカバーされたりCMに使用されたりしたことにより、再び注目を集める作品となっている。この「あとから名盤化」の経路が、キリンジという固有名詞の性格を一番よく表している。

楽曲の話をすると、「エイリアンズ」はメロディの起伏よりも、和声と歌の距離感で聴かせる曲だ。夜を歩く二人の視点、というモチーフの解像度がとにかく高い。だからこそカバーする側の解釈幅が広く、ジャズ、R&B、フォーク、ヒップホップ寄りのアレンジまで、どの窓からでも入ってこられる。名曲の条件のひとつが「別の演奏者にとっての作業台になれること」だとすれば、この曲はまさにそういう作業台として、20年以上稼働し続けている。

ファンならもう気づいていることだが、この曲は「夜の運転中」に効き方が変わる気がする。信号待ちで一度停まって、また走り出す、あの短い無音の切れ目に、コード進行の余韻がぴたりとハマるように設計されている。都市の夜を、車のフロントガラス越しに聴くための曲だと言ってもいい。イヤホンで聴くのと車のスピーカーで聴くのとで、輪郭がまったく違って立ち上がる曲だ。

2013年、兄弟から6人編成のバンドへ

キリンジ最大の転機は2013年に来た。2013年堀込泰行がキリンジを脱退。同年に新メンバー5人を迎えバンド編成「KIRINJI」として再始動。表記もカタカナからアルファベットへと変わる。ここで多くのバンドは「別の名前」を選ぶが、キリンジは「同じ名前で、違う楽器編成」を選んだ。この判断が後にじわじわ効いてくる。

6人編成になったKIRINJIは、初期の緻密なポップスの延長にありつつ、ファンクやネオソウル、ダンスミュージックの語彙を吸い込みながら音を更新していった。2016年発表のネオ🛒楽天は、その象徴的な一枚だ。8月3日、12枚目のオリジナルアルバム『ネオ』をリリース。初の本格的なバンド外とのコラボレーションとして、同アルバム収録曲「The Great Journey」へのRHYMESTERの参加が話題となる。日本語ラップとの本格的な接続は、初期のキリンジを愛してきた人ほど、最初は「意外」と受け止めた記憶があるはずだ。ただ、聴き込むほど、これは飛躍というより自然な合流だったと分かる。

初期作と2010年代の作品を並べて聴き直すと、面白いことに気づく。転調の癖、歌のフレーズ末の落とし方、コーラスの重ね方——バンドの骨格を形作っているソングライティングの手グセは、ほとんど変わっていない。変わったのは、その周りに置かれる楽器と音色だ。だから2013年以降のKIRINJIは、外から見ると別バンドのようで、内側から聴くと確かに続いている。この連続性を残せたのは、高樹が書き手として引き受けた責任の重さゆえだと思う。

ライブ映像を見ると分かるが、この時期のKIRINJIはコーラスワークが強い。ボーカルが複数人いる構造を、そのまま音像の厚みに変換していた。特に弓木英梨乃のギターとコーラスは、バンドの色をずいぶん外に開いたと思う。

2021年、ソロプロジェクトへ

2020年代に入ってKIRINJIはもう一度、大きく形を変える。2021年より堀込高樹のソロ・プロジェクトとなったKIRINJIという記述の通り、8年続いたバンド編成を解除し、高樹ひとりのプロジェクト名としてKIRINJIが継続することになった。名前を残す判断がここでも効いていて、リスナーからすると「バンドが解散した」わけではなく、「編成が変わり続けているひとつの回路」として受け取れる。

ソロプロジェクト以降の代表作であるcrepuscular🛒楽天は、その新体制の到達点として2021年12月に発表された。「ソフトなサイケ感」をキーワードに、新たなKIRINJIサウンドで魅了する通算15枚目のオリジナル・アルバム。プログラミングと生音を行き来する現代的な質感と、堀込高樹の一貫したソングライティングが、たぶんこの人の作家歴のなかでもかなり静かな熱を帯びた形で組み合わされている。派手さより、聴くたびに違う面が見える種類の熱だ。

ソロプロジェクト化と聞くと後退のように響くかもしれないが、実際の作品を聴くと逆で、選べる音色の幅が広がっている。バンドという固定編成を持たないことで、一曲ごとに最適な人選が組める。フィーチャリングやコラボが自然になる。KIRINJIという名前が、この20年でずいぶん柔らかい器になったのだと思う。

音楽性の核 ——「歌モノ」と「和声」の両立

キリンジ/KIRINJIの音楽性を一言で言うなら、「歌モノとしての強度と、和声・アレンジの複雑さを、同じ皿の上に載せる」という一点に尽きる。日本のポップスで、ここまで頑固に両立を続けてきた作家は多くない。片方に寄れば器楽的になり、もう片方に寄れば歌謡になる。キリンジはその真ん中で、ずっと綱渡りをしている。

初期は70年代AOR、シンガーソングライター、ソフトロックの影響が濃く聴こえる。2010年代のKIRINJIになると、ネオソウル、ファンク、日本語ラップとの交差が加わる。2020年代のソロプロジェクト以降は、そこにサイケデリアやアンビエントの手触りが混ざる。ジャンルは変わっているが、ソングライティングの中心にあるのは常に「和声で情景を作る」という原則だ。この原則が変わらないから、20年前の曲と最新曲を並べても、違和感なく同じプレイリストに置ける。

聴きどころ3点

  • 和声の綾——1曲のなかで景色が2回3回と変わる転調とコード運び。何度聴いても新しい細部が見つかる。
  • 都市の夜の情景描写——歌詞の視点は常に生活の側にあり、比喩は具体物に落ちる。街と部屋と車内の距離感が絶妙。
  • コーラスワーク——初期の兄弟の重なりから、バンド期の複数ボーカル、ソロ期のフィーチャリングまで、声の配置が常に丁寧。

代表作・ディスコグラフィの読みどころ

代表作を通してディスコグラフィを俯瞰すると、キャリアが3つのフェーズに分かれているのが見える。「兄弟デュオ期(1998〜2013)」「6人編成KIRINJI期(2013〜2020)」「ソロプロジェクト期(2021〜)」。それぞれの入口として置いておきたいのが以下の作品だ。

『3』(2000年)——兄弟期の最重要作。「エイリアンズ」を含む一枚として語られがちだが、実際はアルカディア🛒楽天グッデイ・グッバイ🛒楽天君の胸に抱かれたい🛒楽天といったシングル群が並ぶ、シングル密度の高いアルバムでもある。カップリング曲まで含めて、当時の兄弟のソングライティングが最も充実していた時期の記録だ。ジャケットの油まみれの顔面写真は、いま見ても勇気のある選択だと思う。

『ネオ』(2016年)——バンド編成KIRINJIの飛躍作。RHYMESTERとのコラボ「The Great Journey」は、日本語ラップとポップスの接続の質としてもかなり高い水準にある。同アルバムには弓木英梨乃をボーカルに立てた曲や、コトリンゴ作曲のナンバーも含まれ、バンドとしての音楽的な間口が一気に広がった一枚だ。

『cherish』(2019年)と『crepuscular』(2021年)——バンド期の締めくくりと、ソロプロジェクト期の出発点。この2枚を並べて聴くと、体制が変わったのに音の連続性が保たれていることに驚く。KIRINJIというプロジェクトが、編成ではなく「書き手の耳」で成立していると分かる二枚組だ。

もし初期のシングル群を追いかけたい人には、コンピレーション『Melancholy Mellow』シリーズが便利だ。1998〜2002年編と2003〜2013年編があって、兄弟期の全体像を短時間で掴める。

カルチャー的な文脈 ——カバーが広げた地図

キリンジの独特な位置を作ったのは、他のアーティストによるカバーの厚みだと思う。「エイリアンズ」ひとつとっても、世代とジャンルを越えて歌い継がれてきた。TVの音楽番組で若い世代のアーティストがこの曲を選ぶたびに、原曲へのトラフィックが更新される。ヒット曲の消費サイクルが年々短くなる中で、キリンジは真逆の伸び方をしている稀有な例だ。

もうひとつ大きいのが、堀込兄弟それぞれの作家仕事の広さだ。他アーティストへの楽曲提供、プロデュース、客演。作曲家・作詞家としての活動が、バンドとしてのキリンジの外側で、日本のポップスの毛細血管に染み込んでいる。SMAP、JUJU、リリー・フランキー関連……気づかないうちに「これも堀込高樹だったのか」と後で知る曲がいくつもある。この裾野の広さが、バンド本体の寿命を静かに支えている。

シティポップの再評価の波にも、キリンジは独特の距離を取っている。80年代のシティポップの直系というより、それを一度分解して2000年代の日本語ポップスとして組み直した音、という位置にいる。だから海外リスナーの入り口が、山下達郎や大貫妙子経由でキリンジに来るケースもあれば、藤井風や King Gnu 経由で遡ってくるケースもある。地図上の交差点にいるバンドだ。

今チャートでの立ち位置

チャートを毎週見ている立場から言うと、キリンジの動き方は他のアーティストと違う。新譜の初動でランクインするというより、旧譜が突発的に浮上する。テレビでカバーされた翌週、映画やドラマで曲が使われた翌週、あるいは季節が変わった週。そういう不定期な浮上を、この20年繰り返している。

これは「バズる」というより「思い出される」に近い。だからチャートの順位そのものより、順位が動くタイミングを見るほうが面白い。夜が長くなる季節、年度の変わり目、誰かの追悼のとき——世の中の時間の折り目に、キリンジの曲は繰り返し呼び戻される。

これから聴くならどこから

初めてキリンジを聴く人にとって、25年分のディスコグラフィは正直、少し重い。だから最短距離の動線を置いておく。

入門動線

  • まずこの1曲:「エイリアンズ」——夜、なるべく静かな環境で。イヤホンでも、車のスピーカーでもいい。合わなければ相性の問題として先に進んで大丈夫。
  • 次にこの1枚:『3』——「エイリアンズ」を含む兄弟期の到達点。シングル密度が高く、キリンジの語彙が一番濃く詰まっている。
  • 深めるならこの1枚:『ネオ』——バンド編成KIRINJIの代表作。ここから2010年代以降を辿ると、同じソングライターの手が別の音を鳴らしていることが分かる。

ここまで通ったら、あとは自分の季節に合わせて『cherish』『crepuscular』へ、あるいは兄弟期の他のアルバムへ潜っていけばいい。急いで全部聴く必要はない。キリンジの曲は、必要になったときに向こうから思い出されにくる種類の曲だ。

最後にひとつ、ファンにも新規リスナーにも問いを残したい。もしいま、キリンジのディスコグラフィから一曲だけ「20年後にも残っていてほしい曲」を選ぶとしたら、あなたはどれを選ぶだろうか。「エイリアンズ」以外を挙げられる人は、たぶんもうキリンジの深いところまで来ている。

まずこの作品から聴く

  • 3 — エイリアンズを含む兄弟期の到達点
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  • ネオ — バンド期の飛躍を象徴する一枚
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  • cherish — バンド編成最終期の完成形
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  • crepuscular — ソロプロジェクト期の出発点
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