折坂悠太を今から聴くなら|『平成』から『呪文』まで、声の在り処を辿る

民藝品のような素朴な湯呑みと、机の上に置かれた古いノート。柔らかい自然光。 アーティスト

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折坂悠太の新しい動きが、また静かに広がっている。派手なバズではない。けれど、聴いた人が誰かに手渡したくなるタイプの広がり方で、じわじわと届いていく。TOKIO HOT 100を含む各所のチャートで彼の名前を見かけるとき、いつも思うことがある。彼の歌は「うまい/下手」の物差しの外で成り立っている。声そのものを楽器としてではなく、時代の証人として置きにいっている。

だから順位の数字だけを見ても、この人の何が起きているかは掴めない。掴もうとすると、たぶんスルッと逃げていく。この記事では、経歴・音楽性・代表作を辿りながら、いま折坂悠太を聴くための補助線を引いておきたい。長く追ってきた人にも、今週初めて名前を知った人にも、それぞれの入口が見つかるように。

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このアーティストの要点

  • 折坂悠太は平成元年(1989年)鳥取県生まれのシンガーソングライターで、幼少期をロシアやイランで過ごし、帰国後は千葉県に移った
  • 2018年10月に発表した2ndアルバム『平成』は、民謡・ジャズ・ラテンなど多様な要素を取り入れた音楽性で高い評価を得た
  • 『平成』は第11回CDショップ大賞「大賞〈青〉」を受賞。『ミュージックマガジン』の「2010年代の邦楽アルバム・ベスト100」では第1位に選ばれている
  • 2019年7月クールのフジテレビ系月曜9時枠ドラマ『監察医 朝顔』主題歌として「朝顔」を発表し、テレビの前に届く歌い手にもなった。
  • 2024年6月には4thアルバム『呪文』を発表している

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「シンガーソングライター」という肩書きに収まらない人

まず出自から。平成元年、鳥取県生まれ。幼少期をロシアやイランで過ごし、帰国後は千葉県に移る。2013年にギターの弾き語りでライブ活動を開始した。この経歴だけで、もう普通の日本のシンガーソングライター像から少しズレている。生まれた場所と育った場所が違い、育った国も一つではない。日本の民謡的な発声とアラブ的な旋律のニュアンスが同じ喉から出てきても不思議ではない、という土壌。

本人がその越境をキャッチコピーにしないところが、いい。ロシアやイラン時代の話を大々的にプロフィールの一行目には置かない。置かないけれど、歌の端々ににじむ。この慎ましさが、以降のキャリア全部の底を流れていく。

活動初期は自主制作が中心だった。2014年に自主制作のミニアルバム「あけぼの」を発表し、2015年には「のろしレコード」の立ち上げに参加、2016年には1stアルバム「たむけ」をリリースする。ここまでは、いわゆる知る人ぞ知るフォーク寄りのシンガー、という位置だった。少なくとも外から見える範囲では。

状況が変わるのは2018年。ここから先は、一気に景色が変わる。

『平成』という結界——2018年に起きたこと

この人を語るとき、どうしてもここから話す必要がある。「平成」は日本の鳥取県出身の男性シンガーソングライター折坂悠太の2枚目のスタジオ・アルバムで、2018年10月3日にCD、音楽配信の形態でリリースされた。タイトルの通り、元号が令和に変わる直前の時期にこの盤が置かれたことに、大きな意味がある。

『平成』は第11回CDショップ大賞「大賞〈青〉」を受賞し、『ミュージックマガジン』の特集「2010年代の邦楽アルバム・ベスト100」では第1位に選ばれた。10年代の1位。相当な評価だ。ただ、この盤の凄みは受賞歴の羅列で伝わるものではない。

『平成』は民謡やジャズ、ラテンなどさまざまな要素を取り入れた音楽性を持つのだけれど、聴いていて「ジャンルの融合」という言葉が浮かばない。融合させようとしている痕跡が、あまり残っていないからだ。民謡的な節回しがジャズの和音の上に自然に載っていて、ラテンのリズムが日本語の呼気の長さに合わせて置かれている。取ってつけた感じがない。この「継ぎ目のなさ」が、他のジャンル横断型アーティストと折坂悠太を分ける決定的な差だと思っている。

初期作の『たむけ』と『平成』を並べて聴き直すと分かるのだけれど、実は使っている素材そのものは大きく変わっていない。変わったのは録音の解像度と、歌い手としての腹の据わり方だ。『平成』の折坂悠太は、自分の声で時代を引き受けることを引き受けた歌い手になっている。同じ人物だが、覚悟のフェーズが違う。

音楽性の核と変遷——声を「楽器」にしない選択

折坂悠太の音楽性の核を一言で言うと、「声を楽器として磨き上げない」ことだと思う。もちろん技術は高い。民謡由来のこぶし、ジャズ的なフレージング、ときにアラビックな装飾音まで軽やかに出し入れする。ただ、それを「聴かせるための技」として前に出さない。むしろ、抑えている。

1stのたむけ🛒楽天から、2ndの平成🛒楽天、3rdの心理🛒楽天、そして4thの呪文🛒楽天と辿ると、この抑制の質が少しずつ変わっていくのが分かる。初期はまだ弾き語りの延長で、器としての体が細い。『平成』でバンド編成の可能性が一気に開ける。『心理』では内面に潜る。そして『呪文』で、また風が通る。

『呪文』は2021年10月発売の「心理」以来2年8カ月ぶりとなるアルバムで、BS-TBSドラマ「天狗の台所」の主題歌「人人」を含む全9曲を収録。内省的なコンセプトを持った『心理』と比べ、風通しのいいサウンドスケープが特徴となっている。この「風通しの良さ」への回帰は、彼をずっと追ってきたリスナーにとっては小さくない変化だった。

もう一つ触れておきたいのは、彼のリズム感の話。折坂悠太のバンドサウンドは、一般的なJポップの4分/8分の直線的なグルーヴから少し外れる。三拍子や変拍子的な質感、リズムの「揺れ」を許容する設計になっていて、これが民謡やラテンの下地と地続きになっている。手拍子で乗れる音楽ではないが、身体のどこかがゆっくり揺れる音楽になっている。

聴きどころ3点

  • 節回しの土着性:日本の民謡的な発声・こぶしが、モダンなバンドサウンドの中に無理なく同居する。ジャンルの越境が「テクニック」ではなく「体の癖」として鳴っている。
  • 言葉の置き方:日常語と古語、抽象と具体が同じ一行に並ぶ。歌詞カードを目で追うと詩集を読んでいるような感覚になる(2023年10月に自らの歌詞をまとめた書籍『あなたは私と話した事があるだろうか』を上梓していることも、この志向を裏付ける)。
  • 共同体としてのバンド:「重奏」名義でのバンド活動に象徴されるように、ソロ歌手というより「小さな楽団の頭」として鳴らす感覚が強い。ライブ映像を見ると分かるが、指揮者ではなく、輪の中の一人として立っている。

代表作・ディスコグラフィの読みどころ

作品ごとに、聴きどころの角度が違う。順に辿る。

『たむけ』(2016)——1stアルバム。まだ弾き語りの気配が濃い。ここから始まった、という意味で外せない一枚。

『平成』(2018)——先述の通り、この人のキャリアを二分する結界的な一枚。宇多田ヒカルやアジカンのゴッチ、小山田壮平など多くの音楽家が称賛する盤としても知られる。ジャンル的にはジャズ、ラテン、フォーク、ブラジル音楽などのエッセンスが混在する。まず1枚選ぶならこれ、と言い切っていい作品。

朝顔🛒楽天(2021・ミニアルバム)——フジテレビ系ドラマ『監察医 朝顔』主題歌として書き下ろされたシングル「朝顔」を表題曲としたミニアルバム。テレビ経由で入った人の入口になった作品でもある。

『心理』(2021)——2021年10月にアルバム『心理』を発表し、初のホール・ツアーを成功させた。ここで内側に潜っていく。『平成』の外向きの熱に対して、『心理』は静けさの中で解像度を上げていく作品だ。

『呪文』(2024)——4thアルバム。前作の内省から、また少し開けた場所に出る。2024年6月に発表され、2025年4月にホールワンマン「のこされた者のワルツ」を東京と大阪で実施、5月にはドイツ・ベルリンで一発録りしたEPStraße🛒楽天を発表している。ベルリンで一発録りする、という選択肢を選べる/選ぶ現在地に、この人がいる。

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「重奏」という編成——バンドの読み方

折坂悠太を追いかけていて避けて通れないのが、「重奏(じゅうそう)」という編成の話だ。ソロ名義とは別に、バンドとしての折坂悠太が並行して動いている。この二重構造が、彼の音楽の厚みを支えている。

2022年7月30日にはFUJI ROCK FESTIVAL ’22のGREEN STAGEに折坂悠太(重奏)で出演している。フジロックのグリーンステージという場所に、この編成で立つ。この時点で、彼のバンドがフェス規模の会場を持ちこたえられる装備を備えていたということでもある。

面白いのは、「重奏」名義になったからといって音圧で押しにいかないところだ。バンドの人数が増えても、聴感上の情報量は保たれている。密度が上がるのではなく、色が増える。これはアレンジの思想としてかなり特殊で、普通は編成を大きくすると「厚くする」方向に走る。折坂悠太はそこで「広くする」方向を選ぶ。

『呪文』はsenoo ricky(Dr)、宮田あずみ(コントラバス)、山内弘太(G)からなるバンドメンバーを中心に、”重奏”の形態で共に活動してきたミュージシャンも迎え制作された。この核となるトリオがいるおかげで、拡張しても軸がぶれない。バンドとしての折坂悠太を初めて体験するなら、まずライブ映像から入るのがいいと思う。CDだけでは伝わらない、間の呼吸のようなものが確実にある。

ドラマ主題歌という「橋」——「朝顔」以降のポップネス

「朝顔」の話をもう少しだけ。2019年7月クールのフジテレビ系月曜9時枠ドラマ『監察医 朝顔』主題歌として「朝顔」を発表し、2020年同ドラマのシーズン2の主題歌続投も行った。月9枠の主題歌を続投する、というのは業界の中でも特別なポジションだ。1シリーズで役目を終える曲は多い。続投は「作品と歌が地続きになった」ときに限って起きる現象で、これは折坂悠太側の勝利であると同時に、ドラマ側の勝利でもある。

興味深いのは、「朝顔」がヒットしたあと、折坂悠太が「ドラマ主題歌の人」に寄せて量産しなかったことだ。次の作品は『心理』という内省的なアルバムで、明らかに「朝顔」の勢いに乗って売る、という戦略ではない。この選択が、彼のキャリアの寿命を決定的に伸ばしたと思う。売れた瞬間に売れ線に寄せた歌い手は、5年後には大抵姿を消している。

その後、BS-TBSドラマ「天狗の台所」の主題歌「人人」が『呪文』に収録されるなど、映像作品との仕事はぽつぽつと続いている。ぽつぽつ、というペースが、この人らしい。

この曲、こう聴かれてる気がする——「朝顔」の効き方

ここで少し、聴かれ方の話をしたい。折坂悠太の代表曲「朝顔」は、ドラマ主題歌として広く知られた曲だけれど、実感として、この曲は「一日の終わりに、音量を絞って一人で聴く曲」として置かれている気がする。

朝の曲、ではないと思う。タイトルは朝顔だし花は朝に咲くのだけれど、あの曲の呼吸のテンポは、一日を働いて帰ってきた人間のそれに近い。強い出力の音楽ではないから、日中の移動中や作業のBGMには少し薄い。だからこそ、静かな時間に置いたときに輪郭がぐっと立ち上がる、そういう設計になっている気がする。ファンの方は、たぶん自分の生活のどこかにこの曲の定位置を持っているはずで、その定位置を思い出しながら読んでもらえたら嬉しい。

もう一つ言えば、『心理』以降の楽曲は「運転中」との相性がいい。夜、高速の左車線を走っているときに『心理』を通しで流すと、車内の空気が少し変わる。抽象的な言い方で申し訳ないのだけれど、聴いてもらえば分かると思う。逆に、通勤ラッシュの満員電車では音量を上げても届きにくい音楽で、これは弱点というより、そもそも「その用途で使わない音楽」として設計されているのだと思っている。

言葉の人としての折坂悠太——歌詞集と展覧会

この人の場合、「歌詞」を音楽の付随物として扱うと、たぶん本質を見誤る。2023年10月には自らの歌詞をまとめた書籍『折坂悠太 (歌)詞集『あなたは私と話した事があるだろうか』』を上梓している。歌詞集を書籍として単体で出す歌手は、実はそんなに多くない。歌詞は曲と一体でこそ機能する、という発想が普通だから。

折坂悠太は、その常識を軽く踏み越える。歌詞を曲から切り離しても読める言葉として書いている、という自負がある。読める言葉として書きつつ、曲になった時にちゃんと歌になっている。この両立は、シンプルに難しい。書き手として、この人はかなり研ぎ澄まされている。

2022年5月13日には初の展覧会「薮IN」をPARCO MUSEUM TOKYOで開催し、初の同名著書作品『薮IN』を刊行した。展覧会をPARCO MUSEUM TOKYOでやる、というのは、彼の言葉が「音楽ファンだけのもの」ではなくなっていることの傍証でもある。カルチャー側から見られている人、という現在地。

カルチャー的な文脈——なぜ他ジャンルの音楽家が名前を出すのか

折坂悠太が面白いのは、明らかに越境的な音楽家なのに、越境そのものをブランド化していないところだ。R&Bでも、ヒップホップでも、ロックでも、フォークでも、彼を引用したがるアーティストが同じくらいの温度でいる。これはなかなか起きないことだと思う。

宇多田ヒカルやアジカンのゴッチ、小山田壮平などが称賛するという事実は、ただの権威付けの列挙ではなく、この人が「歌の書き手」として真ん中を撃ち抜いているという傍証だと読める。書き手として尊敬される歌い手、というのは、シーンで一番希少なポジションだ。

また、2023年6月30日に音楽業10周年を迎えたという節目も、静かに響く。10年で4枚のスタジオアルバム。多くはない。けれど、一枚ごとに界隈の景色が動く強度を持って出してきている。数字上のペースではなく、置き方のペースで走ってきた人だ。

もう一つ、同時代の文脈として置いておきたい話がある。公式サイトのニュース欄には、青葉市子と折坂悠太の「二人のレディオショー」LIVE in TOKYO@めぐろパーシモンホール 大ホールの告知が並んでいる。青葉市子と折坂悠太が並ぶ、というブッキングそのものが、この時代の日本の音楽の一つの符号になっている。二人とも、シンガーソングライターというカテゴリで括られながら、その枠の外側に片足を置いている書き手だ。青葉市子はクラシックや現代音楽のフィールドと、折坂悠太は民謡やジャズのフィールドと、それぞれ地続きになっている。この二人を対で聴くと、日本語で書かれた「うた」の現在地の輪郭が、少し立体的に見えてくる。

今チャートでの立ち位置と、ここから広がる余白

チャートで折坂悠太の名前が上位に来るとき、いつも少し不思議な気持ちになる。彼の音楽は「ヒットする」タイプの設計ではないからだ。サビでフックを立ててTikTokに切り出しやすく整えて、といった今どきのヒット工学とは、完全に別のところに立っている。

にもかかわらずチャートで存在感を出してくるということは、順位の指標そのものの意味が少し変わりつつある、ということでもあるのかもしれない。あるいは、フックに疲れたリスナーが、フックの弱い音楽を求め始めているのかもしれない。ここは断定を避けて、余白として置いておきたい。ファンの方の解釈がそれぞれあると思う。

ひとつだけ確かなことは、彼のリスナーは「今週この人がチャートで何位に入った」で聴き方を変えたりしないということ。定位置に置いた曲を、その定位置で今週も聴いている。それでいい、というのが折坂悠太的な音楽との付き合い方なのだと思う。

これから聴くならどこから

初めて名前を聞いた人、名前は知っていたけれど通してアルバムを聴いたことがない人へ。順序として、こう提案したい。

まずこの作品から聴く

  • 平成 — 彼を語る出発点の一枚
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  • 朝顔 — 最短距離で声を掴める
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  • 心理 — 内面の静けさに潜る
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  • 呪文 — 現在地の記録として
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入門動線

  • まずこの1曲:「朝顔」。ドラマ主題歌として広く届いた1曲。折坂悠太という声の質感を、最短距離で掴める。
  • 次にこの1枚:『平成』(2018)。CDショップ大賞〈青〉受賞盤。この人の代表作にして、日本の2010年代を代表する一枚。まずはこれを頭から最後まで通す。
  • 深めるならこの1枚:『呪文』(2024)。最新のスタジオアルバム。『平成』の熱と『心理』の静けさを経て辿り着いた、現在地の記録。ここまで来て、はじめて折坂悠太の全景が見える。

この3ステップを終えたら、あとはもう自分で好きな順路を選べる。1stの『たむけ』に遡ってもいいし、ミニアルバム『朝顔』を挟んでもいい。ライブ盤も出ているし、EP『Straße』のような一発録りの記録もある。どの入口から入っても、結局同じ声が待っている。それがこの人の強さだ。

最後に

折坂悠太について書くのはいつも少し難しい。書けば書くほど、この人の音楽の本体からずれていく感じがする。多分それは、彼の歌が「言葉で説明されないために置かれている」からだと思う。だから、この記事も入口までの案内で止めておく。あとはご本人の声を、ご自身の生活の中の定位置に置いてもらえたら、それでいい。

チャートの数字はスナップショットに過ぎない。彼が10年かけて置いてきたのは、それよりずっと長い時間軸の記録だ。今週のランキングで名前を見かけて興味を持ってくれた人が、5年後に「あのとき聴き始めてよかった」と思える。そういう類の音楽家だと、静かに思っている。

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