U2の話をするとき、私はいつも困る。何から始めればいいのか、毎回迷う。40年以上のキャリア、14枚以上のスタジオアルバム、20を超えるグラミー賞——数字を並べれば圧倒されるが、この4人組の本質はそこにない。ダブリンの高校の掲示板に貼られた「ドラマー、バンドメンバー募集」の紙切れから、ラスベガスの球体型ドーム「Sphere」の40公演レジデンシーまで、彼らは常に「次に何をやるか」で音楽シーンを揺らしてきた。そう、揺らしてきた。ロックバンドという古い器を、いまだに新しい形で見せられる稀有な存在。それがU2だ。
このアーティストの要点
- U2は1976年にアイルランド・ダブリンで結成された4人組ロックバンドで、メンバーはBono(ボーカル)、The Edge(ギター)、Adam Clayton(ベース)、Larry Mullen Jr.(ドラム)という結成当時から不動のラインナップを保っている。
- 1980年代半ばまでに世界最大級のバンドの一つとなり、代表作『The Joshua Tree』(1987年)と『Achtung Baby』(1991年)は音楽史に残る転換点として語り継がれている。
- グラミー賞を22回受賞し、2005年にロックの殿堂入りを果たしたほか、累計アルバムセールスは1億7千万枚規模とされる。
- 2023年9月から2024年3月まで、ラスベガスの新会場「Sphere」で全40公演のレジデンシー「U2:UV」を実施し、『Achtung Baby』全曲演奏を軸に据えた。
- 社会的発言・慈善活動を音楽と切り離さず、Bonoを中心にアフリカ支援や債務帳消しキャンペーンにも深く関わってきた。
ダブリンの掲示板から始まった——結成の経緯
U2の物語は、驚くほど地味な出来事から始まる。1976年、ダブリンのマウント・テンプル・コンプリヘンシブ・スクールという中等教育校で、14歳のラリー・マレン・ジュニアが「ドラマー、バンドを組みたい人求む」という貼り紙を校内の掲示板に出した。集まった少年たちがいまのU2になる。
笑ってしまうのは、結成当時のメンバーは10代で、楽器の技術も限られていたという点だ。ロック史の巨人たちが、最初は「弾けない子供」だった。ここは強調しておきたい。今の若いバンドマンが「才能がない」と落ち込む必要はない、という話でもある。
初期のバンド名は「Feedback」、その後「The Hype」を経て、最終的にU2に落ち着いた。4年以内にIsland Recordsと契約し、1980年にデビューアルバム『Boy』をリリースしている。10代で組んだバンドがメジャー契約に至るまで4年。この加速の速さが、後のU2らしさに繋がっているように思う。
1980年代前半、彼らはポストパンクの湿ったエネルギーとゴスペル的な高揚を混ぜ合わせた独自のサウンドで、じわじわとイギリス・アメリカで存在感を高めていく。まだ「世界的スーパースター」ではなかった。地味な下積み、というほどでもないが、いまから振り返ると助走期間があった、と分かる時期だ。
音楽性の核と変遷——The Edgeのギターと、Bonoの「叫び」
U2の音を一言で言うなら、「The Edgeのギターがすべての土台」だ。断言していい。ディレイを深くかけたアルペジオが空間に散らばり、その上をBonoの声が突き抜けていく。ロックバンドの標準的な音の作り方——ギターが和音を鳴らし、ボーカルが乗る——を、彼らは意図的に破壊した。単音のパターンが波紋のように広がる、あの音響空間。これがU2の指紋だ。
初期作と最新作を並べて聴き直すと分かるのだが、彼らはジャンルを一つに固定しない。ロック、オルタナティヴ・ロック、ポップ・ロック、ポストパンク——時期によって重心が動く。1980年代前半はポストパンクとゴスペルの融合、中盤はアメリカのルーツ音楽への傾倒、90年代はエレクトロニカと実験。2000年代以降はスタジアム・ロックへの回帰と、そのバリエーション。
変わらないのはBonoの声質と物言いだ。彼の歌は、常に「誰かに向けて叫んでいる」。恋人にでも、神にでも、社会にでも、聴き手にでも。この宛先の切実さが、U2をただのロックバンドから引き離している。ライブ映像を見ると分かるが、彼は歌っている最中に何度も観客の目を見に行く。あれは演出じゃない。癖だ。
プロデューサーの話も外せない。U2はブライアン・イーノと数多くのアルバムを共同制作してきた。ダニエル・ラノワとの二人体制で作られた作品群——ここが80年代後半以降のU2の音像を決定づけている。イーノの持ち込んだアンビエントと、ラノワのアメリカーナ的感性。そこにアイルランドの4人がぶつかる。化学反応が起きないわけがなかった。
聴きどころ3点
- The Edgeのディレイ・ギター:単音のリフが空間に反響していく独特の音響。「Where the Streets Have No Name」の冒頭を聴けば、この人がどれだけ変態的にディレイを使うかが1分で分かる。
- Bonoのボーカルの振り幅:胸声で叫ぶハイトーンから、囁くようなファルセットまで。1曲の中で表情が3〜4回変わる。
- Adam ClaytonとLarry Mullen Jr.の”抑えたリズム隊”:派手なフィルは滅多に入れない。空間を作る側に徹する二人がいるから、上物が自由に動ける。
代表作・ディスコグラフィの読みどころ
U2の入り口として、まず挙げたいのはThe Joshua Tree🛒楽天だ。1987年リリース、アメリカという国そのものへの憧れと幻滅を、砂漠のように乾いた音で描いた作品。「Where the Streets Have No Name」「With or Without You」「I Still Haven’t Found What I’m Looking For」——冒頭3曲だけで、80年代ロックの頂点の一つに数えられる理由が分かる。ここでU2は世界最大級のバンドに変わった。
次にAchtung Baby🛒楽天。1991年11月18日リリース、ベルリンのHansa Studioなどで録音されたオルタナティヴ・ロックの傑作だ。『The Joshua Tree』の成功に自ら背を向けるように、U2はここでインダストリアルとエレクトロニカを大胆に取り込んだ。皮肉、諧謔、屈折——それまでの「真面目なロックバンド」の看板を、彼らは自分で壊しにいった。この覚悟が、90年代の彼らを救った。正直に言って、私は『The Joshua Tree』より『Achtung Baby』の方が好きだ。捻れているから。
もう一枚、忘れられないのがAll That You Can’t Leave Behind🛒楽天(2000年)。90年代の実験期を経て、彼らは「ロックバンドとしての原点」に一度戻る。「Beautiful Day」を筆頭に、素直で開けた楽曲が並ぶ。このアルバムはU2に7つのグラミー賞をもたらした。40代に入った男たちが、若さを演じずに堂々とロックをやる姿は、当時のシーンで新鮮に映った。
2004年の『How to Dismantle an Atomic Bomb』も語りたい。『The Joshua Tree』と並び、グラミー年間最優秀アルバム賞を受賞した作品だ。「Vertigo」「City of Blinding Lights」「Sometimes You Can’t Make It On Your Own」——ここには父を亡くしたBonoの個人的な感情が滲む。派手なロックの裏に、こういう私的な物語を隠しておくのがU2の巧さでもある。
2010年代の『Songs of Innocence』(2014年)と『Songs of Experience』(2017年)は、賛否両論あった二部作。前者はApple経由で全ユーザーのiTunesに強制配信されて物議を醸したが、音楽としては初期U2への回顧的な内容だ。「The Miracle (Of Joey Ramone)」で始まる構造が象徴的だろう。少年時代の初期衝動を、50代のロックスターが振り返る。ノスタルジアと言えばそれまでだが、そのノスタルジアが本気だから聴ける。
そして2023年、彼らはAtomic City🛒楽天という新曲を発表した。1950年代のラスベガスと、砂漠の核実験場との距離感をタイトルに込めたこの楽曲は、2000年代以降のU2の楽曲群と地続きのストレートなロックナンバーだった。60代のバンドが、いま新しいシングルを出しても違和感がない。この事実自体が驚異的だ。
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90年代の実験期——「ZOO TV」と、ロックスターの解体
『Achtung Baby』の話をもう少し続けたい。あのアルバムに続くツアー「ZOO TV Tour」(1992〜1993年)は、ロックコンサートの概念を書き換えた企画だった。ステージ上に大量のテレビモニターを並べ、湾岸戦争の映像、ニュース断片、広告、無意味なテキストを浴びせるように投影する。Bonoは「The Fly」「Mirror Ball Man」「MacPhisto」といったキャラクターを演じ分け、自分自身を演出の中に埋めた。「真面目なロックバンドU2」を、彼らはここで完全に脱ぎ捨てた。
1993年の『Zooropa』、1997年の『Pop』は、この延長線上にある。とくに『Pop』はエレクトロニカ、ダンス、ヒップホップの要素を大胆に導入した意欲作で、続く「PopMart Tour」ではステージに巨大なオリーブや40フィートのミラーボールのレモンを持ち込んだ。当時の批評は割れた。「やりすぎ」という声、「バンドが迷走している」という指摘。私自身、いま『Pop』を聴き返すと、粗さと面白さが同居していて評価が難しい。ただ、この時期があったから2000年以降の彼らがある、とは断言できる。
90年代のU2は、ロックスターという役割そのものを解体しようとしていた。皮肉、演劇性、メディア批評——80年代の彼らからは想像できない要素が音楽に流れ込んだ。ここで彼らは「アイルランドのメッセージ・ロックバンド」から「時代の空気を演じるアーティスト」に変質した、と私は見ている。
Sphereでの40公演——2023年、彼らが選んだ「次」
U2のキャリアで、常に注目されてきたのがライブ演出だ。1992年の「ZOO TV Tour」、1997年の「PopMart Tour」、2009年の「U2 360° Tour」——スタジアム・ロックの表現をアップデートし続けてきた彼らが、2023年に選んだ場所が「Sphere」だった。
2023年9月から2024年3月まで、ラスベガスに新しく建設された球体型会場Sphereで、U2は全40公演の「U2:UV」レジデンシーを行った。中核となったのは『Achtung Baby』のフル演奏だ。デビュー32年目のアルバムを丸ごとやる、というこの選択がU2らしい。過去作を懐メロ的に消化するのではなく、いまの技術・いまの会場で「もう一度作り直す」。
ただ、この公演にはLarry Mullen Jr.が健康上の理由で不参加だった。代役をBram van den Bergが務めたことは記録に留めておくべきだろう。バンドの結成の起点だったドラマーが、結成47年目のレジデンシーには立てなかった。この事実が持つ重みは、簡単には言葉にできない。
それでもSphereの映像は世界中で話題になった。会場の内壁全面がLEDスクリーンという特殊な空間で、U2の音楽がどう視覚化されるか。ロックコンサートの未来像として、この40公演は今後長く参照されるはずだ。
4人という化学反応——メンバー個々の役割
U2の話をするとき、Bonoばかりが語られがちだ。実際、フロントマンとしての存在感、社会活動、口の達者さ——彼が目立つのは仕方ない。ただ、このバンドの音を作っているのは4人の均衡だ。
The Edge(本名David Howell Evans)は、ロック史でも屈指の「音色を発明するギタリスト」だ。速弾きをしない。派手なソロも滅多にやらない。代わりに、ディレイとリバーブとハーモナイザーを駆使して、ギター1本で複数の楽器のような響きを作る。「Streets」「Pride」「Bad」「Sunday Bloody Sunday」——U2の代表曲のイントロを思い出してほしい。全部、リフの構造が違う。この引き出しの多さがThe Edgeの正体だ。
Adam Claytonのベースは、控えめに聴こえて実は骨格を支えている。「New Year’s Day」の頭のフレーズ、「With or Without You」の一定のパルス——楽曲の性格を決める役割を、彼が静かに担っている。派手なスラップも走るランニングも入れない。空間を作る側のベーシストだ。
Larry Mullen Jr.は、バンドを始めた張本人でありながら、いちばん寡黙なメンバーだ。ドラミングは職人的で、ロックの基本形に忠実。ただし「Sunday Bloody Sunday」の軍鼓的なイントロ、「Pride」の疾走感、「Vertigo」の跳ねるビート——それぞれの曲に、彼にしか出せないグルーヴがある。前述したSphereレジデンシーに健康上の理由で参加できなかったのは残念な事実だが、彼のドラムがU2の背骨だという事実は変わらない。
カルチャー的な文脈——なぜU2は「特別扱い」されるのか
U2が他のロックバンドと決定的に違う点がある。音楽と社会活動の距離だ。Bonoは1980年代から積極的に人権問題、貧困問題、アフリカのHIV/AIDS問題に関わってきた。「ONE Campaign」「(RED)」といった団体・プロジェクトの立ち上げ、G8への直接的な働きかけ、途上国の債務帳消し運動——ここまで政治に踏み込むロックスターは、いまや珍しい存在になった。
批判もある。「セレブが政治に口を出すな」という声、「税金対策で拠点を海外に置いているのは矛盾だ」という指摘。Bono本人もそれらの批判は認識している。矛盾を抱えたまま活動を続ける、というのが彼のスタイルだと言っていい。清廉潔白ではない。ただ、動いている。
受賞歴に触れると、U2はキャリアを通じて20を超えるグラミー賞を獲得しており、『The Joshua Tree』と『How to Dismantle an Atomic Bomb』の二作でアルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞。2005年にはロックの殿堂入りを果たした。通算のグラミー受賞数は22回に達しているとされ、これはロックバンドとしては最多クラスの数字だ。
同世代・後続への影響は計り知れない。ColdplayやKings of Leon、The Killers、Snow Patrol——2000年代以降にスタジアム規模で活躍したバンドの多くが、U2のギターサウンドとアンセミックな曲構造から何かを受け取っている。とくにColdplayのクリス・マーティンは、Bonoから直接影響を公言する筆頭だ。
今チャートでの立ち位置
2020年代のU2は、シングルチャートを競う若手アーティストたちとは違うレイヤーで存在している。新譜が出れば必ずニュースになり、旧譜のリマスターや配信施策が定期的に話題を作る、というのがいまのU2の位置だ。とくに『The Joshua Tree』『Achtung Baby』は、ストリーミング時代になっても継続的に再生され続けている稀有な80年代・90年代アルバムだ。
ラジオやプレイリストで彼らの曲を聴くとき、面白いのは「どの時期の曲でも古びない」という点だ。1987年の「With or Without You」も、1991年の「One」も、2000年の「Beautiful Day」も、2023年の「Atomic City」も、同じアーティストの音として並列に成立する。この一貫性が、彼らを「レジェンド」ではなく「現役」として聴き手に届け続けている理由だ。
これから聴くならどこから
U2は入り口が多い。時期によって音が違うから、いきなり最新作から入ると「これがU2?」と戸惑うかもしれない。逆に初期作から順番に聴くと、たどり着くまでに時間がかかる。効率よく彼らの核に触れるための順路を提案しておきたい。
まずこの作品から聴く
- The Joshua Tree — 80年代ロックの金字塔
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入門動線
- まずこの1曲:「Where the Streets Have No Name」。The Edgeのディレイ・ギターが空間を切り開き、Bonoが叫ぶ——U2の「音の設計図」がこの4分半に全部入っている。
- 次にこの1枚:『The Joshua Tree』(1987年)。ロック史の頂点の一つと言われる作品を、まず通しで聴く。冒頭3曲の並びが強すぎる。
- 深めるならこの1枚:『Achtung Baby』(1991年)。成功を捨てて自壊しにいったバンドの、屈折と再生の記録。ここまで来れたら、あとはどの時期に進んでも楽しめる。
最後に個人的な話をひとつ。私が初めてU2をきちんと聴いたのは2000年代半ば、大学生の頃だった。友人が『All That You Can’t Leave Behind』を貸してくれて、「Beautiful Day」で足を止めた。あれから20年近く経つが、いまだに新しい発見がある。半世紀近く現役を続けるとはこういうことか、と、Sphereの映像を観ながらまた思った。何度でも聴き直せるバンドだ。まだ聴いていない人には、少し羨ましいくらい、と正直に思う。


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